「これは、兄上」と、力丸は立ち止まって振り返り、に頭を下げた。
「力丸、そちに頼みがあるのだ」
「何でございましょう?」
「半刻(約1時間)だけで良いのだ。し、御役目を代わってはくれぬか?」
「え…。それはまた、何故にございますか!?」
力丸は驚いて、何度となく目をぱちくりさせた。
蘭丸が、自分の仕事を代わってくれなどと言って来たのは、これが初めてである。
責任感の強い兄なだけに、己の務めを人に託すなどあろうはずもなかった。
よほど重要ながあるのか?
「それは、はい、いませぬが……兄上はいったいどちらへ?」
力丸の問いに、蘭丸は微かに頬を染めると 【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
「ちょっとな──街へ行かねばならぬのだ」
「街?」
「買い求めたいものがあるのだ」
「何をお買いになられるので?」
「まだ決めてはおらぬが…、出来るだけ良き品を求めたい。土産なのだ」
深くはかんでくれと、蘭丸がな口調で言うと、力丸はおずおずと頷いて
「──分かりました。ただ、出来るだけお早くお戻り下さいませ。上様の手前もございます故」
と、そこは念を押すように告げた。
「分かっておる。すぐに戻って参る故、後は頼んだぞ」
蘭丸はサッと背を向けると、今きた廊下を戻って行った。
あの兄が人に土産を…。
しかしいったい誰に?
力丸はしげに首をるのだった。
蘭丸は軽く身支度を整えると、直ちに京の街へと繰り出した。
端々に商店が建ち並ぶ大通りを歩きながら、蘭丸は驚いたように、きょろきょろと周囲に目を向けた。
右を見ても左を見ても、通りは人々で溢れ、誰もが笑顔になって買い物を楽しんでいる。
応仁の乱以降、あんなに荒れていた京の都が、こんなに活気づいているとは…。
『 これぞまさに、都の復興に尽力し、治安の強化にめた上様のご功績じゃ 』
やはり信長様は凄いお方だと、蘭丸は改めて己の主君の力量に感心していた。
しかし、いつまでも街の様子に気を取られている訳にはいかない。
半刻の内に品物を──
胡蝶に贈る京土産を選ばねばならないのだ。
本当はゆっくり選びたいが、そうもしていられない。
高価でなくとも、何とか胡蝶が気に入ってくれる物を探さねば…。
「──さぁさぁ、見ていって下さい。美しいの織物がっておりますよ」
蘭丸が店の前を通る度に、客引きたちが品物を手に呼びかけてくる。
か…。
しかし胡蝶の部屋の次のは、信長から贈られた高価な衣装の数々で溢れていた。
それに色柄は好みの問題もある為、ひとまず却下だ。
「──そこの美丈夫なお方。お母さま、お姉さまに、かようなな髪紐はです?」
髪紐か、確かにそれなら胡蝶の美しい黒髪をめるのにぴったりである。
ああ…いや、待て、駄目だ。
胡蝶は右手しか使えないのだから、一人で髪を結ぶのはとてもな事であろう。
出来れば、日常的に一人で使える物の方が良い。
その方が姫も喜ぶはずだ。
そうこう考えている内に、蘭丸は屋の前へとやって来ていた。
髪飾りから化粧道具、や鏡まで、女性が喜びそうな品々が店の奥まで並んでいる。
ここならば、きっと何か──。
蘭丸は期待に満ちた面持ちで店の中へ入ると、壁面に置かれた棚の品を、に眺め始めた。
小箱や紙入れ、小さなや扇もあったが、蘭丸がはたと目を止めたのは、だった。
そういえば…と、胡蝶が信長からった櫛を壊してしまった時のことを、蘭丸は思い出していた。
元々 蘭丸が胡蝶に京土産を贈るという展開になったのも、その壊した櫛の代わりを、京で買い求めるという話をしていたのが切っ掛けだった。
が控え、濃姫の言葉にしているお菜津を、深刻な面持ちで見つめている。
「──という次第じゃ。お菜津、私が京へ行っている間、胡蝶のこと、くれぐれも頼みましたよ」
「そんな、御台様…」
「全ては胡蝶の為です。このことは様も、齋も古沍も、納得してくれているのです」
お菜津は戸惑いの眼差しを、ちらと部屋の端に向ける。
齋の局は軽く頷いて
「おめなされ、お菜津殿。私と古沍殿が何度ご説得しても、御台様のご決心は揺るがなかったのです」
「下手な反論はなさらず、御台様ののままになされませ」【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
古沍も局にするように告げた。
「お菜津──」
「…は、はい」
「大それた事を申しているのは分かっています。なれど私の…、母としての気持ちを察して欲しい」
濃姫は、ひたとお菜津の面差しを見据えた。
「私は、いつか胡蝶に本当の自由を与え、表の世へ解き放ってやりたいと常々思うて参った。
の鳥として生きるのではなく、一人の人間として、姫にまことの人生を与えてやりたいと」
「御台様…」
「胡蝶が幸せならば、今の生活のままでも良いと考えた事もあったが、上様の平定が目前に迫り、私はこれを好機と考えた。
みで実行致すのも、ある意味では胡蝶の為じゃ。
私がいざ、上様と共に異国へ旅立た時に、あの子がったり、取り乱したりせぬようにな」
「……」
「この計略を実現させるには、お菜津、あの子の側に付いているそなたの力が必要です。どうか…力を貸してたもれ」
濃姫はを垂れるかのく、静かに両眼を伏せた。
お菜津はいながらも、最終的には主従の関係をえて、
了承の一礼を垂れる事になるのだが、心の奥底ではかぶりを振って叫んでいた。
何たる無謀な!
今に大変なことが起きる…
と──。
翌五月二十九日の、朝五つ半(午前9時頃)。
信長は天主の居室で身支度を整え、湯づけで軽く朝食を済ませると、早々に奥御殿の御仏間を・道三の位牌に拝礼した後、隠し通路を通って胡蝶の部屋へといた。
出陣前には必ずしている、愛娘への出発の挨拶である。
「──の刻にはしの別れじゃ、胡蝶」
信長は胡蝶と向かい合いながら、どこかしんみりとした面持ちで言った。
そんな父に、胡蝶は柔和な微笑を向ける。
「どうか、暗い顔をなさらないで下さいませ。何もの別れという訳ではないのですから」
「それは分かっておるが…、可愛いそなたに暫く会えなくなると思うと、寂しゅうてな」
「まぁ、父上様ったら」
「父が戻って参るまで、健勝にしておらねばならぬぞ。無茶な真似など、決してせぬようにな」
不安顔の信長に、胡蝶はって頷いた。
「分かっておりまする。 ──父上様もどうぞ、京、また備中までの道のりは、くれぐれもお気をつけて。
お怪我などなされませぬよう、用心を重ねて下さいませ。何にも代え難き、大切なおにございます故」
「胡蝶…」
自分を案じてくれる愛娘の言葉を聞いて、思わず信長は前へにじり寄り、胡蝶の頬にそっと触れた。
信長の鋭い目元がみ、双眼に優しさが帯びる。
「良き子じゃ──実に良き子に育ってくれた」
「父上様…」
「ささ、ご着座を──」
千代山が居間の上座に手を差し伸べると、濃姫は躊躇(ためら)いもなく足を進め、用意されていた厚い茵の上にゆっくりと腰を下ろした。
それと同時に、三保野ら侍女衆も素早く二手に別れ、室内の両端へと静かに控えていった。
全員が座したのを見届けた千代山は、自身も濃姫の御前に控えると
「改めまして、お方様、本日はまことに祝着至極に存じ奉ります」
三つ指をつきながら、今一度 小牧山城入りの祝辞を述べた。
「お暑い中、さぞやお力を消耗なされたことにございましょう。気兼ねのう御手、御足を伸ばされ、ごゆるりとお寛(くつろ)ぎ下さいませ」
「有り難う。…この部屋の設えは、千代山殿がなされたのですか?」
「はい」
2 男女款 tote bag 推薦、韓系穿搭 | MLB Korea 香港
濃姫は「ほぉ」と感心したように吐息を漏らすと、室内を静かに見渡した。
白いの竜胆(りんどう)の花が美しく生けられた床の間の壺。
その上に広がる色鮮やかな山水掛軸や、違い棚に飾られた調度品の数々。
部屋を仕切る蝶模様の紗几帳。隅に置かれた橘・唐草紋散蒔絵の文台や香盆。
どれも嫌味のない、上品な品々ばかりである。
「ほんに趣味の良い設えじゃ。気に入りました」
「お褒めに預かり、恭悦に存じます」
「清洲城に入ったばかりの頃に、殿が私の為に調えてくれた部屋とは、大違いじゃな」
信長が設えた金銀の調度・装飾品に溢れた部屋を思い出し、濃姫は懐かしそうに笑った。
「して、その殿は今どちらへおられるのです? 本丸におられるのですか?」
「いえ。殿は正午頃より丹羽長秀様らを従えられ、城下へ見廻りに参っておられます」
「本日私共が入城することは知っておろうに──。まぁ、殿らしいと言えば殿らしいが」
夫の勝手気儘な振る舞いには、濃姫も慣れっこになっていた。
「それはそうと、お慈殿はいずこへ参らたのです? 我らと共に城入り致したはずじゃが、
途中から姿が見えぬようになった故、気になっていたのです。どちらにおられるのです?」
「お慈様には、同じくこの東麓にありまする別殿の方へお入りいただきましてございます。
少々手狭なお住まいではございますが、お慈様お一人がお暮らしになるには充分かと」
淡々とした表情で語る千代山を見て、濃姫はぐっと眉間を狭めた。
「何故にそのようなことを…。共にこちらの御殿へお入りあそばせばよろしいのに」
「それをお聞きになれば、お慈様もさぞや喜ばれましょう。 なれど、外におられる他のご側室方の手前、お慈様お一人を特別扱いには出来ませぬ。
むしろ、同じ城内に住まいを与えられているだけでも、お慈様は感謝の念をお示しになるべきでございましょう」
千代山が厳しい口調で言うと、三保野も同感そうに頷いた。
「如何(いか)にも。どんなに殿からのご寵愛を被(こうむ)ろうとも、未だ御子のないお慈様は、ご側室の中では最も低きお立場。
殿がお認めになられているから良いようなものを、本来ならば側室と称するのも烏滸(おこ)がましき、
単なるお手付きの身の上なのですから。姫様がそこまでお気にかけられる必要はございませぬ」
「それは…、確かにそうやも知れぬが…」
「──それともお方様は、お慈様に対して、何か特別な感情でもおありですか?」
線のような細い目を向けながら、千代山は相手の心内を探るように訊ねた。
なのに今のお慈様は、その頃とはまるで別人のようにございます。権高に振る舞われたり、人に馴れ馴れしゅう話しかけられたり」
三保野は「そう申せば、確かに…」と、一つ頷いてみせたが
「けれど──それは単に、地が出たのではありませぬか? 殿の閨房に侍るお立場となられて、調子付いているのでございましょう」生ぬるい空気を断ち切るような、険のある声で言った。
「そうやも知れませぬが、少々変わり過ぎにございます。お慈様お一人に、殿のご寵愛が向いているという訳でもありませぬのに」
「そのようなことを私に言われても……。 姫様はこの件、如何思われます?」
と、三保野が横に顔をやると、既に濃姫の姿はそこにはなく
「───何をしているのです? 早よう参らねば、我らだけ置いて行かれますぞ」
姫は一人、表御殿に続く渡り廊下へとその足を進めていた。
「また、ご勝手な真似を! …お、お待ち下され!姫様、姫様っ!」https://techbullion.com/botox-vs-other-facial-slimming-methods/
お慈の話などすっかり忘れて、三保野は主人の背を追いかけていった。
お菜津も、何やら腑に落ちない思いを抱えながらも、今は黙ってその後に続く他なかった。
時に、信長の新たな本拠となる小牧山城は、山頂に築かれた本丸の周囲を、高い石垣で三重にもめぐらしており、
遠くから眺めれば、まるで石で出来た要塞のようにも見える、堅固な造りの山城であった。
また、中腹には曲輪も多く築かれ、堀で仕切られた東の麓には、信長の居館を含める武家屋敷などが幾つも設けられていた。
小牧山城は美濃攻略までの腰掛けの城と思われがちであったが、近年の発掘調査により、長期滞在も視野に入れた、本格的な造りの城であったともいう。
既に清洲の城下町の大部分を移し終え、この七月には織田家の主力兵たちをも迎え入れたこの新拠点は、
今まさに輿に乗り込み、新たな居城を目指して向かって来ている妻や妹たちの入城によって、更に活気づくはずであった。
まさか、彼女たちの手によって、この真新しい城が一時 暗雲に包まれることになろうとは。
勘の良い信長にも、まるで予期出来ぬことであった。
「お通りにございますー!お通りにございますー!」
その日の未の刻(午後2時頃)過ぎ。
無事に小牧山城入りを果たした濃姫、報春院、お市の一行は、それぞれの侍女衆を引き連れて、奥向きの長廊下を堂々した佇まいで歩んでいた。
制止声のかかった廊下の端々には、腰元たちがずらりと居並び、色とりどりの着物の裾が前を通り過ぎてゆくのを、平伏の姿勢で見送っている。
山頂に築かれた本丸御殿には櫓、遠侍、台所、そして表御殿・奥御殿がきちんと備わっていたが、
濃姫らはそちらには入らず、東麓に建てられた御殿屋敷の、その奥殿へと入っていた。
本丸の御殿もそれなりの広さを確保していたが、そこはやはり山の上。
濃姫や報春院らが、そのお付きの侍女たちと纏まって暮らすには、本丸の奥向きは少々手狭であった。
その為、そこよりも広々とした東麓の屋敷に入ることになった訳だが、ここも決して充分な広さがあった訳でない。
正直言って、清洲城と比べると規模が小さく、屋敷の所々に設けられた内庭も典麗と言えるものではなかった。
「では、儂はとうぶん生きていられる訳じゃな」
「ええ。ご安堵なされませ」
濃姫と信長の小さな笑い声が重なった。
その細く白い指先を軽く口元に添えながら、暫し、娘らしい華やかな笑みを溢していた濃姫だったが、
ふと我に返ったように真顔になると、手にしていた短刀を枕元に置き、肩で小さく息を吐(つ)いた。
「……本当に大した事ではないのですが、この短刀を見ていたら父上様の事や美濃の事などを、つい色々と考えてしまって。【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
これまで散々、殿のお味方だの、美濃を捨てる覚悟だの、偉そうなことを言って参りましたのに、
結局 私の中にはまだ故郷を捨てるに捨て切れない“帰蝶”だった頃の自分がいるのです。……不謹慎と思われるやも知れませぬが」
懺悔のような濃姫の告白に、信長は軽く首を振った。
「それしきの事で不謹慎になるのならば、近隣諸国の大名らを打ち倒し、この日の本を我が物にしようと策を弄している儂などは、不謹慎の固まりよ」
「殿…」
「それに儂は、そなたに美濃を捨てよなどと言うた覚えはない。そうであろう?」
濃姫は目で頷いた。
「決意したのは、誰あろうそなた自身。己で決めた事ならば、それを変えるも貫くもそなたの自由じゃ」
「されど、いくら敵国から嫁いだ花嫁が間者の役割を担っているとは申せ、
未練がましく、いつまでも故郷に思いを馳せているなど──殿に対し奉り、不忠になるのではないかと…」
「ほれ、また、左様な可愛げのないことを申しおって」
言いつつ、信長は素早く上半身を起こすと、濃姫の両肩にそっと手を置き、彼女の狭い額に自分の額をコツンとくっ付けた。
「そなたの儂への忠節は、美濃や親父殿を思い出したくらいで消え失せるほど儚きものであったのか?」
「…まさか!そのような事は決してございませぬ」
そう思われたくないと本気で思ったのか、濃姫が必死の形相で叫ぶと
「ならば左様な懸念は不要じゃ。此度、蝮の親父殿はこの信長の真の同盟相手となって下された。
そんな親父殿を、そなたは娘として慕い、敬い続けようと言うのじゃ──大いに結構な話ではないか!」
「さ、されど」
「自惚(うぬぼ)れるでないぞ濃。そなたがこうして儂と寄り添うていられるのは、
そなたが儂を信じているからではない。儂がそなたを信じているからだ」
信長の真っ直ぐな視線の矢が、濃姫の双眼を突き抜けて、胸の奥深くに射(う)ち当たった。
「儂の心が揺るがぬ限り、そなたの忠節が疑われる事はない。安堵致せ」
「…その言の葉を、信じてもよろしいのでしょうか?」
「その判断とて、そなたの自由じゃ」
産毛を剃って更に美しさに磨きのかかった信長の面差しに、子供っぽい無邪気な微笑みが浮かんだ。
濃姫は、凝り固まった自分の心が、信長の笑顔と、気遣いにも似た優しさとで一気に和らいでいくのを感じた。
いつしか姫の顔は、微笑む信長と同じ表情になっていた。
「……信じまする。殿がそう仰せになるのでしたら、濃は信じまする」
「ん。それで良い」
信長は満足そうに首肯すると、姫の肩に置いていた両の手を、そのまま相手の背に回した。
濃姫は夫の腕に包まれながら、ふっと、自嘲気味な笑みを漏らした。
行き着く先はいつも同じだ。
どんな困難や悩み事が降りかかろうとも、その解決策は、信長を想う自分の心。
そして堅固な信念だけ…。