ガラッ
「美海!総司!出るぞ!」
斎藤が突然に襖を開けた。
美海は布団の中で沖田に抱きつかれたまま顔を上げた。
「あ…その…すまん。邪魔したな」
斎藤は赤面すると静かに戸を閉めた。
「ちが!斎藤さん!誤解です!!」
美海は叫んだ。
斎藤とは良く間が悪い時に出くわす。
「ゴホンッ。で、官軍が結構迫ってきているらしい」
斎藤は大きく咳払いすると、冷静にそう言った。
沖田は美海に強制的に離され、美海の隣に座っている。
「え!もうですか!?」
「あぁ」
現在も甲府城へ向かい、土佐の板垣退助率いる軍隊が進軍中だ。
「まずいですねぇ…」【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
沖田が呟いた。
おそらく甲府城では先に着いた幕軍が新撰組が着くのを冷や汗をかきながら待っていることだろう。
まだ大丈夫だと彼らが油断している隙に、官軍は寝もせずに進軍し続けた。
事は一刻を争う。
「とりあえず、また急だが、今から急いで我々も甲府城へ向かう。準備をしてくれとのことだ…」
「わかりました」
美海は頷いた。
「歳。行くか」
「あぁ…」
近藤と土方は既に玄関先へ出ていた。
こうもしている間に土佐が進軍中だと思うと、動かざるを得ない。
「かっちゃん!待って!」
「お光さん!」
かっちゃんとは近藤の昔のあだ名である。
みつは息を荒くして走ってきた。
「ツネちゃんが…着いたわ」
「ツネが!?」
近藤は目を見開いた。
近藤の妻のおツネである。
あの例の近藤の味覚を狂わせた張本人だ。
「勇さん!!」
「ツネ!!」
遠くからツネが走ってきた。
「勇さん!!お久しぶりです…」
「あぁ。久しぶり」
京にいる間、ずっと一人にさせてしまった。
申し訳なくて、同時に愛しくなって抱き締めた。
「お元気そうで何よりです」
ツネはニコリと微笑んだ。
思わず近藤も微笑んだ。
「あ!まさか近藤さんの奥さんですか!?」
準備が出来たようで美海が階段を駆け降りてきた。
「あぁ」
「ツネと申します」
ツネは礼儀良く一礼した。
「立花様でいらっしゃいますね?」
「あ!はい!」
「勇さんがいつもお世話になっております」
「いえいえ!こちらこそ!」
お互いにペコリと頭を下げる。
基本的にがさつな近藤とは対照的で、ツネは落ち着いた雰囲気のある女性だった。
この人が壊滅的な料理を作るとは信じられない…。
「行かれるのですね」
ツネは止める訳でもなく、そう言った。
「…あぁ」
近藤は頷く。
「ツネ、いつも帰れないのに、長い間静かに帰りを待っていてくれて、ありがとう」
「それが妻の努めでございます」
やっぱりニコリと微笑んだ。
「本当に、どこにいてもお前は自慢の妻だよ」
「私もです。勇さんは自慢の夫です」
「じゃあ、行ってくるね」
もう玄関には既に隊士が集まっていた。日野で集めた隊士数人もいる。
彦五郎も来るらしい。
「勇さん!これ!!」
ツネは風呂敷に包まれた重箱を渡した。
「これは?」
「道中で腹が減ってはいけませんので、作って参りました。よければ…」
「うん!ありがとう。絶対に食べるよ」
そう言う近藤に、ツネは嬉しそうに笑った。
「自分のやりたいこと、やりきってきてくださいね。それまでツネはずっと待っています」
「あぁ」
近藤は大きく頷いた。
本当は、寂しいんだろうな…。
なんとなく、美海はそう思った。
「総司!美海ちゃんに迷惑かけちゃダメよ!帰ってきた時怒るからね!しっかりやってきなさい!」
「わかってますよ。姉さん」
みつに喝を入れられ、沖田は真剣に答えた。
区切りを見つけ、近藤が出発する。
「みんなー!待ってるからね!希望はどこにでもあるから!諦めたら負けよー!」
みつがそう叫んでいたのが、甲州へ向かう道中でも何度も繰り返された。
「おーう。お前ら。ってもうしんぱっつぁんと左ノは潰れたのかよ」
先程の噂の主が現れた。
何食わぬ顔で立っている。
「土方さん!」
「歳。こっちこい。歳も一緒に飲もう」
「おう。お前暇だろ?酌しろよ」
土方は美海に顎で指示した。
「はい!」
今の土方さんを見ていると、あの話が嘘みたいだ。
近藤さんのために鬼になった土方さん。
私はそんな土方さんでも嫌いじゃないです。
美海はニコリと笑いかけた。
「きめぇ」
「えぇ!?」
軽くショックを受ける。
「え~!美海さんが土方さんにぃ?」
その間にも沖田が不満そうな声を上げる。
土方はピクリと眉を動かし、青筋を浮かべた。【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
わがままな奴め。
「なら自分が酌します!」
市村が立ち上がり、土方の元へ駆け寄った。
段々酔いが回ってきて和やかな雰囲気になってきた頃。
「先輩も一杯どうぞ」
「ありがとう」
ついつい美海は自分の体質を忘れ、御猪口を受け取っていた。
御猪口を口に付け、グイッと飲む。
久しぶりに口にした感覚。
「ん?」
「ちょ!おい!馬鹿!」
それに気付いた土方が立ち上がり、美海から御猪口を奪った。
「う…うーん…」
バターン!
「遅かったか…」
「え?え?え?なんですか!?」
市村はわけがわからず辺りをキョロキョロしている。
「はぁ…。総司、後は頑張れよ」
斎藤はため息を着くと部屋を出た。
「今回は階段があるからなぁ…」
沖田も困ったように呟く。
「なななななんですか?」
「美海は極度に酒に弱いんだよ」
え?自分はなんてことを。
「しかもな。悪酔いが激しいんだ」
「え?」
「鉄くぅぅん…」
ギョッと下を見ると、市村の膝の上には美海の頭がある。
全く離れない。
「えぇえ!?」
すると沖田が立ち上がった。
なんだか殺意がこもっている気がする。
「鉄くんが悪いわけではないのは十分分かっているんですけどね」
「え、ちょ、沖田隊長…?」
沖田はスラリと刀を鞘付きで手に取った。
「でもやっぱり見れたもんじゃないですね」
黒く笑う。
「いや、ちょ!ちょっと!?副長!」
「市村。それも経験だ」
「待って!落ち着いてください!冗談ですよね!?」
ジリジリと詰め寄る沖田に市村は美海が邪魔で逃げられない。
「いや!ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
バッチーン!
「ん…ん…?」
美海がズキリと頭の痛みで目を冷ましたのは、布団の中だった。
何故か隣には沖田がいる。
「おはようございます」
相変わらず整った笑顔で沖田は言った。
「………おはようございます。……なんで?」
「それは昨日美海さんと一晩を共にしたか「えぇぇえ!?」
「冗談ですよ。美海さん、昨日飲んだでしょ。お酒」
沖田はケロリと答えた。
そういえば…。
そんな気もする。
「私だって眠かったですけど、美海さんをここまでおぶってきたんですよ。階段きつかったなぁ」
「……すいません」
そうか。多分沖田さんは私をここまでおぶって疲れはててバタリと一緒に眠ったのか。
いや、この人の場合、意図的に行った確信犯な可能性も十分あり得るな。
「そういや皆さんは?」
「土方さんと斎藤さんならとっくに起きましたよ」
「他は?」
「他はあの部屋で寝てますよ。多分」
「なんで私は」
「そりゃあ女の子ですからね。あんな輩の中に放置して雑魚寝させるわけにはいかないでしょ」
女の子…。
「てかなんで沖田さん未だにここにいるんですか」
美海はジト目で沖田を見た。
沖田はもぞもぞと布団の中で腕を動かす。
そして美海の腰を捕らえた。
「!?」
「寒かったからです」
沖田は美海を抱き締めながら答えた。
こいつ……。
「嘘ですよ。美海さんの寝顔を間近で見るのが楽しかったから」
「ずっと?」
「ずっと」
美海は怪訝な顔で沖田を見た。
「斬る以外にも方法はあるだろう!何故伊東先生のように政治面を考えない!」
「弱けりゃ斬られる。斬らなきゃ斬られる。剣を握らないかぎり俺らに待つのは死だ」
ここまでいくと土方は一種の気違いだが、こういう考え方をしていないかぎり新撰組副長は務まらない。
彼が気を緩めると一気に新撰組は潰れるだろう。
そのぐらいきつい立場なのだ。副長とは。
「頭を冷やせ」
最後にこう吐き捨てた。
「本当に君は殺すことしか考えていない!もういい!君の考えはよくわかったよ!」
山南には土方の考えは伝わっていないようだ。
ガラッ!
バンッ!!
山南は大きな音をたてて部屋を出た。彼がここまで荒れることはそうない。
「はぁー…」【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
土方は下を向いてため息を着いた。山南に対してではなく自分に対してである。
「歳…」
近藤は心配したような顔で見ている。
「すまない。一人にしてくれないか」
「あぁ」
近藤はゆっくり立ち上がると部屋を出た。
カラッ
カタン…
はぁ。俺が作ってしまった地位なんだよな…。
だから山南さんは……。
だがどうしても指揮は譲れない。
土方は新撰組を強くできるのは自分だけだと思い込んでいる面が少々ある。
誰にだって譲れないものがある。土方にとってのそれが新撰組なのである。
言ってしまえば局中法度も新撰組自体も彼が作り上げてきた理想像だ。芸術家でいう作品なのだ。
“土方くんは新撰組をいったいどうしたいんだ!本来は我々も志しているはずの攘夷を説く志士を見つけてはバサバサと斬り倒して!これじゃあ本当にただの人斬り集団じゃないか!”
ふと山南の言葉が脳裏に過る。
「……俺がやってることは正しいよな…?」
土方も部屋で一人、頭を抱えだした。
誠を貫くにはたくさんの犠牲がでる。
でもその誠は人によって違う。
カァ――…
カァ―
土方が悩みに明け暮れている間、山南は長時間縁側に座って考えを巡らせていた。
もうすっかり日は沈みかけて空は赤く染まっている。
さっきのあれは言い過ぎたかもしれない…。土方くんカンカンに怒ってるだろうな…。やだなぁ。
先程の発言は全てが本心な訳ではない。
しかし山南という男。温厚そうにみえて以外に頑固な面があるのだ。
バタバタバタバタ!
「「山南さん!」」
「沖田くんに美海くん!」
山南がその声に反応して振り向くと隊服姿の美海と沖田がいた。巡回帰りだろう。
「どうしたんだい?そんな息を荒くして」
「どうしたって山南さん!大丈夫ですか!?」
「土方さんがひどいこと言ったって!」
「あぁ」
山南は苦笑いした。
「あれは私が悪いから仕方ないんだ」
そう笑う山南の隣に美海と沖田が座った。
「あまり気にしないほうがいいですよ?」
沖田がそう言う。
「そうですよ!あの人は口が悪いだけですから」
美海も同意した。
「ははは。君らにはよく元気づけられるよ。ありがとう。沖田くんは二回目だね」
「そうですね」
「あ!私何かお菓子持ってきます!」
美海は立ち上がって台所へ向かった。
「前に沖田くんが見方を変えて見れば良いって言ってくれただろ?」
「はい」
「私なりに頑張ったんだけどね。どうやら駄目そうだ。沖田くんみたいに思えない」
山南は足元の砂利を蹴った。
「さっきね。私を副長に戻してくれと頼みに行ったんだ」
沖田は目を見開いている。
「そしたらね。副長は一人でいい。剣を握らないやつに務まるかって言われたんだ。だから思わずひどいことを言ってしまった…」
「副長は一人でいい。かぁ…」
沖田は手に息を吹きかけた。息が真っ白だ。寒い。
お互いが沈黙になる。
もはや沖田もなんとも言いようがない。山南が苦しい立場なのも十分に分かっている。だが、土方の言うことも一理ある。
「元に戻れないのかなぁ…?」
沖田が呟いた。
「これは、兄上」と、力丸は立ち止まって振り返り、に頭を下げた。
「力丸、そちに頼みがあるのだ」
「何でございましょう?」
「半刻(約1時間)だけで良いのだ。し、御役目を代わってはくれぬか?」
「え…。それはまた、何故にございますか!?」
力丸は驚いて、何度となく目をぱちくりさせた。
蘭丸が、自分の仕事を代わってくれなどと言って来たのは、これが初めてである。
責任感の強い兄なだけに、己の務めを人に託すなどあろうはずもなかった。
よほど重要ながあるのか?
「それは、はい、いませぬが……兄上はいったいどちらへ?」
力丸の問いに、蘭丸は微かに頬を染めると 【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
「ちょっとな──街へ行かねばならぬのだ」
「街?」
「買い求めたいものがあるのだ」
「何をお買いになられるので?」
「まだ決めてはおらぬが…、出来るだけ良き品を求めたい。土産なのだ」
深くはかんでくれと、蘭丸がな口調で言うと、力丸はおずおずと頷いて
「──分かりました。ただ、出来るだけお早くお戻り下さいませ。上様の手前もございます故」
と、そこは念を押すように告げた。
「分かっておる。すぐに戻って参る故、後は頼んだぞ」
蘭丸はサッと背を向けると、今きた廊下を戻って行った。
あの兄が人に土産を…。
しかしいったい誰に?
力丸はしげに首をるのだった。
蘭丸は軽く身支度を整えると、直ちに京の街へと繰り出した。
端々に商店が建ち並ぶ大通りを歩きながら、蘭丸は驚いたように、きょろきょろと周囲に目を向けた。
右を見ても左を見ても、通りは人々で溢れ、誰もが笑顔になって買い物を楽しんでいる。
応仁の乱以降、あんなに荒れていた京の都が、こんなに活気づいているとは…。
『 これぞまさに、都の復興に尽力し、治安の強化にめた上様のご功績じゃ 』
やはり信長様は凄いお方だと、蘭丸は改めて己の主君の力量に感心していた。
しかし、いつまでも街の様子に気を取られている訳にはいかない。
半刻の内に品物を──
胡蝶に贈る京土産を選ばねばならないのだ。
本当はゆっくり選びたいが、そうもしていられない。
高価でなくとも、何とか胡蝶が気に入ってくれる物を探さねば…。
「──さぁさぁ、見ていって下さい。美しいの織物がっておりますよ」
蘭丸が店の前を通る度に、客引きたちが品物を手に呼びかけてくる。
か…。
しかし胡蝶の部屋の次のは、信長から贈られた高価な衣装の数々で溢れていた。
それに色柄は好みの問題もある為、ひとまず却下だ。
「──そこの美丈夫なお方。お母さま、お姉さまに、かようなな髪紐はです?」
髪紐か、確かにそれなら胡蝶の美しい黒髪をめるのにぴったりである。
ああ…いや、待て、駄目だ。
胡蝶は右手しか使えないのだから、一人で髪を結ぶのはとてもな事であろう。
出来れば、日常的に一人で使える物の方が良い。
その方が姫も喜ぶはずだ。
そうこう考えている内に、蘭丸は屋の前へとやって来ていた。
髪飾りから化粧道具、や鏡まで、女性が喜びそうな品々が店の奥まで並んでいる。
ここならば、きっと何か──。
蘭丸は期待に満ちた面持ちで店の中へ入ると、壁面に置かれた棚の品を、に眺め始めた。
小箱や紙入れ、小さなや扇もあったが、蘭丸がはたと目を止めたのは、だった。
そういえば…と、胡蝶が信長からった櫛を壊してしまった時のことを、蘭丸は思い出していた。
元々 蘭丸が胡蝶に京土産を贈るという展開になったのも、その壊した櫛の代わりを、京で買い求めるという話をしていたのが切っ掛けだった。
が控え、濃姫の言葉にしているお菜津を、深刻な面持ちで見つめている。
「──という次第じゃ。お菜津、私が京へ行っている間、胡蝶のこと、くれぐれも頼みましたよ」
「そんな、御台様…」
「全ては胡蝶の為です。このことは様も、齋も古沍も、納得してくれているのです」
お菜津は戸惑いの眼差しを、ちらと部屋の端に向ける。
齋の局は軽く頷いて
「おめなされ、お菜津殿。私と古沍殿が何度ご説得しても、御台様のご決心は揺るがなかったのです」
「下手な反論はなさらず、御台様ののままになされませ」【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
古沍も局にするように告げた。
「お菜津──」
「…は、はい」
「大それた事を申しているのは分かっています。なれど私の…、母としての気持ちを察して欲しい」
濃姫は、ひたとお菜津の面差しを見据えた。
「私は、いつか胡蝶に本当の自由を与え、表の世へ解き放ってやりたいと常々思うて参った。
の鳥として生きるのではなく、一人の人間として、姫にまことの人生を与えてやりたいと」
「御台様…」
「胡蝶が幸せならば、今の生活のままでも良いと考えた事もあったが、上様の平定が目前に迫り、私はこれを好機と考えた。
みで実行致すのも、ある意味では胡蝶の為じゃ。
私がいざ、上様と共に異国へ旅立た時に、あの子がったり、取り乱したりせぬようにな」
「……」
「この計略を実現させるには、お菜津、あの子の側に付いているそなたの力が必要です。どうか…力を貸してたもれ」
濃姫はを垂れるかのく、静かに両眼を伏せた。
お菜津はいながらも、最終的には主従の関係をえて、
了承の一礼を垂れる事になるのだが、心の奥底ではかぶりを振って叫んでいた。
何たる無謀な!
今に大変なことが起きる…
と──。
翌五月二十九日の、朝五つ半(午前9時頃)。
信長は天主の居室で身支度を整え、湯づけで軽く朝食を済ませると、早々に奥御殿の御仏間を・道三の位牌に拝礼した後、隠し通路を通って胡蝶の部屋へといた。
出陣前には必ずしている、愛娘への出発の挨拶である。
「──の刻にはしの別れじゃ、胡蝶」
信長は胡蝶と向かい合いながら、どこかしんみりとした面持ちで言った。
そんな父に、胡蝶は柔和な微笑を向ける。
「どうか、暗い顔をなさらないで下さいませ。何もの別れという訳ではないのですから」
「それは分かっておるが…、可愛いそなたに暫く会えなくなると思うと、寂しゅうてな」
「まぁ、父上様ったら」
「父が戻って参るまで、健勝にしておらねばならぬぞ。無茶な真似など、決してせぬようにな」
不安顔の信長に、胡蝶はって頷いた。
「分かっておりまする。 ──父上様もどうぞ、京、また備中までの道のりは、くれぐれもお気をつけて。
お怪我などなされませぬよう、用心を重ねて下さいませ。何にも代え難き、大切なおにございます故」
「胡蝶…」
自分を案じてくれる愛娘の言葉を聞いて、思わず信長は前へにじり寄り、胡蝶の頬にそっと触れた。
信長の鋭い目元がみ、双眼に優しさが帯びる。
「良き子じゃ──実に良き子に育ってくれた」
「父上様…」