「……多分、凄く喜ぶと思う。うちの家族皆、甲斐のこと大好きだし」
「喜んでくれたら、俺も嬉しい」
報告する瞬間、きっともの凄く緊張してしまうだろうけれど、喜ぶ家族の顔が見れるならちゃんと報告しておこうと思った。
「……何か、朱古力瘤手術 眠たくなってきちゃった」
「いいよ、寝な。おやすみ」
「おやすみ……」
甲斐に抱き締められていると、あまりの心地よさに眠気が襲ってくる。
甲斐の温もりは、どんなときでも私の心を落ち着かせてくれるのだ。
明日の朝起きたら、今日よりもっと甲斐のことを好きになっている。
誰よりも傍にいながら、夢の中でも会えたらいいのに……なんて欲張りなことを願い眠りについた。翌朝。
私と甲斐は二人でキッチンに並び、一緒に朝食を作った。
「七瀬、魚そろそろ焼けてるんじゃない?」
「え?あ!忘れてた!」
慌ててグリルを開けると、二匹の秋刀魚がこんがりと美味しそうに焼けていた。
「ちょうどいい感じに焼けたね。他のことやってたらすぐ忘れちゃう」
「危なく焦げた魚食わされるところだった……今度は俺が魚担当するわ。七瀬に任せたら危なっかしい」
「失礼ね。たまたま忘れてただけでしょ」
遥希と同棲していたときは、家事は完全に私一人で担当していたけれど、甲斐は一人暮らし歴が長いから家事は大体何でもこなせる。
だからこうして私の家に泊まりに来たときは、朝から一緒に料理を楽しむことが出来るのだ。
「七瀬、これ味見してみて」
「うん。……美味しい!これ本当にうちの味噌使ってるの?」
「使ってるよ。わざわざ家から味噌持参してないし」
甲斐が作る料理は、どれも本当に美味しくて私好みの味に仕上がっている。
まるで甲斐の優しさが滲み出ているような、家庭的な味がする。「朝から美味しい秋刀魚が食べれるとか幸せ過ぎる……しかも大根おろしまで付いてるし」
「秋刀魚に大根おろしは欠かせないだろ。あとポン酢な」
「甲斐が神様に見えるよ……」
「大袈裟だって」
テーブルには、秋刀魚の他に甲斐が作ったわかめと豆腐のお味噌汁、イカの塩辛ときんぴらごぼうが小鉢で並んでいる。
「美味しい……身体中に染み渡る」
「これでそんなに感激するとか、お前いつもどんな朝食食べてんだよ」
「普段は適当だよ。納豆と卵混ぜてご飯にかけて食べるとか」
一人暮らしの身で、朝からちゃんとした食事を用意して食べる人はこの世の中にどれくらいいるのだろう。
「朝食は一日で一番大事な食事なんだから、ちゃんとしたもの食べた方がいいよ」
「お昼にコンビニ弁当ばっかり食べてる甲斐に言われてもなぁ……」
「生意気言うな」
親友だった頃と、話す内容はそこまで変わっていない。
でも、二人でいるときの空気は確実に変わったと思う。
ふとした瞬間に、甘さを感じるのだ。
「まぁ、これから一緒にいるときは俺が作るからいいけど」
そう言って甲斐は、私の口の端に付いていたご飯粒を指で取り、微笑んだ。時折見せる甲斐の甘い笑顔が、胸を貫く。
この笑顔が、今だけだなんて思いたくない。
甲斐の気持ちを疑っているわけではないのに、いつか離れていってしまうのではと思うと怖くなる。
あと一年、二年、三年後……私たちは、どうなっているのだろう。
今と同じように、隣で寄り添っていられるのだろうか。
「七瀬、どうした?」
「え?」
「箸、止まってる」
「あ……ごめん、考え事してた。朝ご飯早く食べて家出る準備しないとね!」
私は甲斐よりも先に朝食を食べ終え、シャワーに入り軽く化粧を施した。
私が一人暮らしをしているマンションから実家までは、車で約三十分ほどの距離だ。
甲斐の運転で実家へ向かう途中、何か手土産を買いたいと甲斐が言ったため、近所で人気の和菓子店で大福をいくつか購入した。
そして昼前に実家に到着すると、玄関にはなぜか翼と祖父が並んで立っていた。
「ただいま……どうしたの?二人揃って出迎えてくれるなんて……」
「姉ちゃん、甲斐くんと付き合うことになったの!?」
「え……」
今日は甲斐を連れて行くとしか翼には伝えていなかったのに、既に見抜かれてしまっているようだ。
翼の目はキラキラしていて、祖父もどこか浮かれた様子だ。
チラリと隣を見ると、楽しそうに笑う甲斐と目が合った。
「何だ、もうバレてるんじゃん」
甲斐のその言葉を聞いて、翼は喜びのあまり甲斐に抱きついた。
「甲斐くんありがとう!姉ちゃんと付き合ってくれてありがとう!」
「甲斐が依織の傍にいてくれるなら、わしも安心だ。依織、良かったな」
私の家族はどれだけ甲斐のことが好きなのだろう。
見ていて少し恥ずかしくなる。
「もう、とりあえず翼、甲斐から離れてよ」
「別にハグくらいいいじゃん」
「ていうか、何で私と甲斐が付き合い始めたってわかるの?」
「甲斐くん連れて来るって聞いた時点でわかったよ。だって姉ちゃん、母さんに相談してたんでしょ?甲斐くんのことが好きだって」
「ちょ……バカ!」
慌てて翼の口を手で塞いだけれど、もう遅い。
恐る恐る甲斐を見ると、甲斐は意地悪な笑みを浮かべていた。
「へぇ。お前、そんなに俺のこと好きだったんだ」
「……調子に乗らないでね」
「否定しないの?」
「否定は……したくない」
実家の玄関に、変に甘い空気が流れ始める。
でもそんな空気に気付いたのか、祖父が邪魔するように口を開いた。
「お前たち、イチャイチャするならよそでやってくれ。目のやり場に困るだろうが」
そう言う祖父も、どこか嬉しそうだった。