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keizo

それから翼も交え

それから翼も交えて三人でコーヒーを飲み、私と甲斐は揃って家を出た。

 

 

「もずく、stock broker 行ってくるね!明日になったらすぐ迎えに来るからね」

 

 

「キャンッ!」

 

 

……やっぱり、もずくも温泉に連れて行こうかな」

 

 

「却下。今日泊まる所、ペット禁止だろ。行くぞー」

 

 

もずくとの別れを惜しみながら家を出て、甲斐の車の助手席に座った。

車に乗った途端、甲斐の香りが鼻をくすぐる。

 

 

今まで何度もこの車には乗っているのに、まるで今日初めて乗るような妙な気分に陥った。

 

 

「ほら、シートベルト締めて。何ぼーっとしてんの?」

 

 

「あ、ごめん。つい……

 

 

発進した車の中では、私と甲斐が好きなバンドの曲が流れている。

運転しながら鼻歌を口ずさむ甲斐は、どこか楽しそうだ。

 

 

「何か、こうやってお前と二人になったの久し振りな気がする」

 

 

「確かに……そうかも」

 

 

「最近俺もいろいろバタバタしてたから、仕事の後に飯とか誘えなかったし」

 

 

ここ最近、甲斐は本当に忙しそうだった。

仕事の後に食事に誘われることはなかったし、職場で甲斐と顔を合わせることも少なかった。

 

 

こうして誰も周りにいない空間で二人きりになるのは、どれくらい振りだろう。甲斐といると落ち着くのに、二人きりなのだと意識すると、少しだけ緊張する。

私はその緊張を悟られないように、運転する甲斐に明るく声をかけた。

 

 

「今から蘭の家まで迎えに行くんでしょ?」

 

 

「桜崎の家には行かないよ。待ち合わせ場所の札駅北口に向かってるけど」

 

 

確かに車は、蘭の家がある西区方面ではなく、札幌駅方面に向かっているようだった。

 

 

「え、そうなの?てっきり、家まで迎えに行くんだと思った」

 

 

「何で?」

 

 

「だって、わざわざ私の家まで迎えに来てくれたから……

 

 

「お前は特別だし」

 

 

……

 

 

特別。

甲斐が何気なく口にしたその言葉の意味を、私はバカみたいに頭をフル回転させ考える。

 

 

ひとまず、嬉しい言葉だということに間違いはない。

危うく、勘違いしてしまいそうになる。

 

 

でもそんなとき、真白さんが私に言った言葉を思い出すのだ。

甲斐が私と一生友達でいたいと言っていた事実が、頭にこびりついて離れない。

 

 

「今日お前の家まで迎えに行ったのは、二人きりで話せる時間が作れると思ったからだよ」

 

 

「え……

 

 

「こうやって、久し振りにゆっくり話したかったんだ。向こうに着いたら、きっと桜崎がお前のこと独り占めするだろうから」甲斐の発言が、さっきからやけに甘く感じてしまうのは気のせいだろうか。

 

 

気になることを全て直接聞き出すことが出来たら、どれだけ楽になれるのだろう。

素直になりたいのに素直になれないのは、相手が甲斐だからだ。

 

 

それでも、今は少しだけ頑張ってみようと思えた。

 

 

……うん。私も、甲斐と二人でゆっくり話したかった」

 

 

「え?」

 

 

「最近あんまり話せてなかったから……正直ちょっと寂しかったし」

 

 

頑張って自分の気持ちに素直になってみると、少し胸の奥が晴れていくような気がした。

 

 

すると突然、甲斐が急ブレーキを踏み車は停止した。

見ると目の前の信号は赤になっていた。

 

 

「わっ!びっくりした……

 

 

「いや、驚いたのは俺の方だから」

 

 

そう小さく呟いた甲斐は、車のハンドルにもたれかかるように顔を埋めた。

 

 

……こんなんで喜ぶとか、俺単純過ぎじゃん」

 

 

「え?何?」

 

 

甲斐の声が聞き取れなかったため聞き返すと、信号が青に変わり車が動き始めた。

 

 

とりあえず二人でいられるこの時間を無駄にしたくなかった私は、思い付くままに甲斐に話題を投げかけた。「そういえばこの間、甲斐が前から行きたがってたラーメン屋テレビに出てたよ」

 

 

「え、あの鶏白湯のラーメンの店?」

 

 

「そう!あそこ人気店なんだね。平日でも行列出来るんだって」

 

 

「行きたいんだけど、土日の行列ヤバそうだよな。駐車場に車入れるのも並ぶらしいし」

 

 

「凄いね、そんなに混むんだ」

 

 

別に今話さなくてもいいような話ばかりが口から飛び出てきてしまう。

 

 

真白さんとは、どうなっているのか。

今も頻繁に会っているのか。

蘭との待ち合わせ場所に着くまでの間、本当に聞きたかったことは何一つ聞けなかった。

 

 

「あ、桜崎いた」

 

 

札幌駅北口のすぐそばにあるコンビニの前で立っていた蘭は、後部座席に乗り込むとすぐにマシンガントークを繰り広げた。

 

 

「ここのコンビニの店員にイケメンいたんだけどさ、明らかに十代なんだよね。でも超絶可愛いの!十以上年下の男の子にキュンとしちゃうとか、ヤバいよね」

 

 

「蘭って年下好きだっけ?」

 

 

「好きじゃない。目の保養にするならいいけど、付き合うのは絶対無理」

 

 

「特に十代なんてアウトだろ」

 

 

蘭の止まらないトークのおかげで車内は一層賑やかになり、登別温泉に着くまでの間、会話が途切れることはなかった。「あ、鬼だ」

 

 

「この赤鬼、いつ見ても存在感あるよね」

 

 

「子供の頃、この鬼見て泣いてた記憶ない?」

 

 

「あるある!」

 

 

登別温泉の入口では、巨大な赤鬼のオブジェが観光客を出迎えている。

近くには地獄谷という観光地があり、源泉が沸き出ている景色を観察することが出来るのだ。

 

 

子供の頃から登別温泉に来た際は何度も見ている光景なのに、大人になっても変わらず楽しめてしまう。

 

 

周りは自然が溢れていて、とても魅力的な場所だ。

道外や海外を旅行するのももちろん楽しいけれど、子供の頃から行き慣れている場所を大人になってから訪れるのも、また違った楽しさがあると思う。

 

 

「高速乗って一時間半で来れるとか、近いよね」

 

 

「うん、やっぱりたまにはいいよね。こういう所に来ると、ストレス発散になる」

 

 

「七瀬、最近ストレス溜まってんの?」

 

 

「そりゃあ……溜まるでしょ。……仕事をしてれば、いろいろあるし」

 

 

ストレスは、何かについて深く悩んだり考え込んだりしたときに溜まっていくものだと私は思っている。

 

 

今の私は、仕事のことで深く悩んでいるわけではない。

 

 

むしろ最近は、仕事のこと以外にばかり目が向いてしまっている状態だ。

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