「すまぬ…寒くはないか」
「大丈夫です」
沖田の地下牢でーー義父の斎藤に声を掛けられ、美和は気丈に微笑んだ。
「火鉢や褥や食事は…許可を頂いたが…
お前を早くivf台灣ここから出してやりたいのに…
殿のお怒りはまだ解けぬようだ…」
美和はまだぺったんこのお腹を愛おしそうに撫でながら、齊藤を見上げる。
「父上…いいのです。
私は『西の方』として寵愛を受けておりましたのに、愚かにも罪を犯しました。
死を命じられないだけでも…この子を産ませてもらえるのかと思えるだけでも…今は、有難いことです」
齊藤は複雑そうな顔で美和を見つめる。
「父上。
龍虎様は、野心家でもありますし…不器用ですが…
お優しいところもあるのです」
「…そうか」
龍虎の暴走ーー城内でも疑問視する家臣が増えている。
が、古い家臣が進言しても、ことごとく排除されるのだ。
齊藤も、源左衛門や小山田とともに、龍虎と沖田の未来を憂える1人だった。
「美和」
齊藤は気持ちを切り替えるように微笑むと、美和をみつめる。
「お前の本当の父ーー先代が、懐妊をとても喜んでおられたそうだ」
「…っ
ありがとうございます…」
「体を大事に、と。
もちろん先代には今の美和の状況は耳に入れておらぬがな」
「…はい」
「先代は家臣に慕われた、争いごとを好まぬ穏やかな方…
お年でもあり、…心配はかけられぬからな」
「…はい」
ぐったりと荒い息を吐く女を、龍虎は冷たく見下ろす。
「…もうよい、下がれ」
「…っ…は…い」
なかなか動けない女が、よろよろと立ち上がる。
そんな姿を見たくなくて、龍虎は背を向けるとため息をつく。
ーーこんな女では、満足できない。
一時の快楽。
自慰行為。
それだけ。
一瞬脳裏に美和との夜が浮かぶ。
愛しいと何度も告げた女。
美和は懐妊した。
間違いなく俺の子をーー
同時に激しい怒りに苛まれる。
なぜ、他の男に…肌を許した…
あの男ーー叉羽…
高島の…!
拳が白くなる程、握りしめる。
高島が憎い。
沖田を配下に置いた高島が憎い。
そう思えば思う程、あの女子ーー信継らに奪い返されたあの子どもみたいな女子の姿が浮かぶ。
日に日にその姿は目にちらつき、消えない。
高島のことを抜きにしても。
手に入れたいと思う。
手に入れた時、あの男ーー叉羽と信継はどんな顔をするだろう。
「ふふふ…」
龍虎の記憶が蘇る。
華奢な女。
この腕から逃れた気の強い女。
美しい女。
龍虎は、詩を思い浮かべ、舌なめずりをする。
「手に入れる…
あの女子のーー啼き顔が見たい」「…芳輝様?」
「…ああ、ごめん」
多賀家の雅な庭で。
遊びに来た二条家の姫、芳輝の許婚である姫がーー不思議そうに芳輝を見上げる。
「…今日の芳輝様は…なんだか上の空ですね」
「いや、すまない、姫」
「いいのです。
…芳輝様、どうぞ、お
とお呼びください」
「…」
芳輝はどこか困ったようにふわりと微笑む。
その瞳にいつもにも増して自分が映っていないことを、香は肌で感じとる。
「…今日は雪が美しいこと」
香は芳輝から目を逸らし、庭に目をやる。
池も、枝ぶりのよい松も、大きな岩もーー
今日は、雪がかかってその美しさを引き立てている。
「…そうだね」
香は芳輝に寄り添い、呟いた。
「もうすぐ年が明けますね」
「…そうだね」
香は真っ直ぐ芳輝を見上げる。
「芳輝様」
「…」
芳輝の瞳が揺れる。
「芳輝様は…私を見ては下さらないのですか」
芳輝はその視線をゆっくり香と合わせた。
「…私も年が明けましたら19になります」
「…」
「父も母も、そろそろ体裁が悪いと…心配しています」
「…」
「…芳輝様。
…芳輝様には、まさか…思い人が出来たのですか…」
「…姫…」
毅然と芳輝を見上げる香の瞳はうるうると潤んでいる。
それでも香はグッと力を入れて涙をこらえていた。
「…」
「今までは…我慢も出来ました。
芳輝様は誰のこともお好きではなかった。
所詮、私達の結婚は、定められたものです…
それでも私はよかった…
幼い頃から、ずっとあなたに…あなたとの婚姻に…憧れていましたから…」
「…っ」
芳輝は苦しそうに立ち尽くす。
「いつかあなたが私のものになるなら…
待たされても我慢できました。
でも…あなたは」
「…」
香は悲しそうに微笑む。
「…。
否定も肯定もーーしてくださらないのですね」
「…」
芳輝はじっと香を見下ろす。
その目には何の感情もない。
「…残酷な方…」
香はそっと手を上げた。
その手は芳輝の胸にーーしかし芳輝はすっとそれをかわす。
「…っ」
「…すまない…私はーー」
芳輝はただ静かに言った。
「…その方は、美しい方なのですか」
香の声が震える。
「私より、きれいでお若くて…美しい…っ方なのですか…」
芳輝は眉根を寄せて香を見下ろす。
「姫…姫はとても美しく魅力的な女性だ」
「…っ」
香は震えながら芳輝を見上げる。
「…なぜ…その方を好きになったのですか…」
芳輝は小さく息を吐いた。
「…自分でもわからない…感情だった。
気になって気になって仕方ない。
大事にしたいのに欲のまま思い通りにひどいこともしたい。
暖かい気持ちになるのになぜか苛々もする。
ずっと閉じ込めてでも見ていたくてーー
その子には幸せになって欲しいのに、
それが自分でない誰かの元でなのは…ひとかけらも我慢ならない」
香は寂しそうに微笑んだ。
その目からは、今にも涙がこぼれそうだった。
「芳輝様…それが恋です…
それが、人を好きになること…」
「…」
芳輝は香を見下ろす。