「では、儂はとうぶん生きていられる訳じゃな」
「ええ。ご安堵なされませ」
濃姫と信長の小さな笑い声が重なった。
その細く白い指先を軽く口元に添えながら、暫し、娘らしい華やかな笑みを溢していた濃姫だったが、
ふと我に返ったように真顔になると、手にしていた短刀を枕元に置き、肩で小さく息を吐(つ)いた。
「……本当に大した事ではないのですが、この短刀を見ていたら父上様の事や美濃の事などを、つい色々と考えてしまって。【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
これまで散々、殿のお味方だの、美濃を捨てる覚悟だの、偉そうなことを言って参りましたのに、
結局 私の中にはまだ故郷を捨てるに捨て切れない“帰蝶”だった頃の自分がいるのです。……不謹慎と思われるやも知れませぬが」
懺悔のような濃姫の告白に、信長は軽く首を振った。
「それしきの事で不謹慎になるのならば、近隣諸国の大名らを打ち倒し、この日の本を我が物にしようと策を弄している儂などは、不謹慎の固まりよ」
「殿…」
「それに儂は、そなたに美濃を捨てよなどと言うた覚えはない。そうであろう?」
濃姫は目で頷いた。
「決意したのは、誰あろうそなた自身。己で決めた事ならば、それを変えるも貫くもそなたの自由じゃ」
「されど、いくら敵国から嫁いだ花嫁が間者の役割を担っているとは申せ、
未練がましく、いつまでも故郷に思いを馳せているなど──殿に対し奉り、不忠になるのではないかと…」
「ほれ、また、左様な可愛げのないことを申しおって」
言いつつ、信長は素早く上半身を起こすと、濃姫の両肩にそっと手を置き、彼女の狭い額に自分の額をコツンとくっ付けた。
「そなたの儂への忠節は、美濃や親父殿を思い出したくらいで消え失せるほど儚きものであったのか?」
「…まさか!そのような事は決してございませぬ」
そう思われたくないと本気で思ったのか、濃姫が必死の形相で叫ぶと
「ならば左様な懸念は不要じゃ。此度、蝮の親父殿はこの信長の真の同盟相手となって下された。
そんな親父殿を、そなたは娘として慕い、敬い続けようと言うのじゃ──大いに結構な話ではないか!」
「さ、されど」
「自惚(うぬぼ)れるでないぞ濃。そなたがこうして儂と寄り添うていられるのは、
そなたが儂を信じているからではない。儂がそなたを信じているからだ」
信長の真っ直ぐな視線の矢が、濃姫の双眼を突き抜けて、胸の奥深くに射(う)ち当たった。
「儂の心が揺るがぬ限り、そなたの忠節が疑われる事はない。安堵致せ」
「…その言の葉を、信じてもよろしいのでしょうか?」
「その判断とて、そなたの自由じゃ」
産毛を剃って更に美しさに磨きのかかった信長の面差しに、子供っぽい無邪気な微笑みが浮かんだ。
濃姫は、凝り固まった自分の心が、信長の笑顔と、気遣いにも似た優しさとで一気に和らいでいくのを感じた。
いつしか姫の顔は、微笑む信長と同じ表情になっていた。
「……信じまする。殿がそう仰せになるのでしたら、濃は信じまする」
「ん。それで良い」
信長は満足そうに首肯すると、姫の肩に置いていた両の手を、そのまま相手の背に回した。
濃姫は夫の腕に包まれながら、ふっと、自嘲気味な笑みを漏らした。
行き着く先はいつも同じだ。
どんな困難や悩み事が降りかかろうとも、その解決策は、信長を想う自分の心。
そして堅固な信念だけ…。