「依織ちゃんの場合も、悠里がどれだけ結婚に対して積極的に仕掛けてくるかで変わるかもね」
「……多分甲斐は、積極的になれないと思います」
私は遥さんに、股票户口 自分に結婚願望がないことを甲斐は知っていて、私の気持ちを尊重してくれているのだと話した。
「でも気を遣ってるとかじゃなくて、本当に私と結婚する気はないかもしれないんですけど」
「そっかぁ……あの子、人の気持ちに敏感だからね。優しいから、依織ちゃんを困らせるようなことはしないだろうな」
すると遥さんはしばらく考え込んだ後、何か閃いたような顔をして口を開いた。
「もしくは、依織ちゃんが自分の家族と結婚について深く話し合ってみるとか」
「家族と……ですか?母は結婚に対しては否定的な考えなんですよね……甲斐のことは凄く気に入ってるんですけど」
「そりゃお母さんは否定的になるだろうな。お父さんは?離婚した後は、依織ちゃんと交流ないの?」
「お父さん、ですか……」
父のことを思い出したのは、久し振りだ。
私の実の父親も、二人目の父親も、連絡先は交換しているけれど、用がない限り私から連絡することはない。でも、父から連絡がくることはたまにある。
特に実の父親は、今でも私のことを気にかけてくれているのか、毎月連絡をくれていて昔は外で会って食事をご馳走してくれることもあった。
でも私が仕事を始めてからは、ほとんど外で会うことはなくなった。
誘われても忙しいからと言って断っている。
何となく、父と会うことに何の意味があるのだろうと思うようになってしまったのだ。
今でも、嫌いではない。
だからと言って、好きでもない。
ただ、母を裏切り浮気を繰り返した挙げ句に離婚した父のことを、どうしようもない人だと思っている。
でも、私のことは可愛がってくれていた。
ちゃんと愛情を注いでくれていたことを、大人になった今でも覚えている。
「たまに連絡は取ってますけど、会うのはちょっと……」
「そっか。それならやっぱり、悠里に何とかさせるしか……」
そのとき、玄関の方から扉の開く音と、バタバタと部屋に入る足音が聞こえてきた。
「はる姉!お前どうやって家の中に……」
リビングの扉を開けた甲斐は、ソファーに座る私を見てしばらくの間固まっていた。
「ごめん、やっぱり驚いた?」
「いや、普通驚くって。何で二人で酒飲んでんだよ……」
慌てふためく甲斐を見るのは、やっぱり面白い。
一応、サプライズ成功だと言ってもいいだろう。「旦那から俺に連絡きてたよ。多分今日、遥がそっちに行くと思うから迷惑かけるけどお願いしますって。遅くなるけど、後で迎えに来るってさ」
「何よ、別に来なくていいのに。それより悠里、私たち意気投合しちゃった!悠里が長年片想いしてただけあるわ、依織ちゃん良い子だもん」
「ちょっ、はる姉!」
甲斐は何かを諦めたのか、うなだれるようにその場に座り込み溜め息をついた。
「ていうか、七瀬も……何でここに?」
「残業だって言ってたから、ご飯だけ作りに来たの。この間もらった合鍵、使っちゃった。……勝手なことして、ごめんね」
迷惑かもしれないとも思っていたから一応謝ると、甲斐は更に深い溜め息をついた。
「あー……もう、はる姉マジで邪魔なんだけど」
「別に私のことなんて気にしなくていいから、ここで抱き締めてチューしちゃってもいいわよ。何ならそのまま寝室に行っても……」
「頼むから黙って」
面白いくらい、甲斐が振り回されている。
二人のやり取りが楽しくて笑っていると、甲斐のスマホに電話が入った。
どうやら、遥さんの旦那さんからの着信のようだ。
「何だ、もう着いちゃったか」
「遥さん、本当は迎えに来てくれて嬉しいんですよね?」
「別にー」
なんて言いながらも、遥さんの頬は緩んでいる。ふと時計を見ると、既に時刻は夜九時を過ぎていた。
「あ!私そろそろ帰りますね」
「え、依織ちゃん帰っちゃうの?今日はこのまま泊まっていけばいいじゃない」
「でもうち、犬飼ってて夜ご飯まだあげてないので帰らなくちゃ」
お腹がすくと、もずくは胃液を吐いてしまう。
本当に弱りきった姿を見せてくるから、急いで帰らないと大変だ。
「ねぇ、依織ちゃん。……悠里のこと、よろしくね。あの子、一途だから依織ちゃんのこと大切にしてくれると思うよ」
「……はい」
「あ、でももし泣かされるようなことあったら私に言ってよ!私がシメてやるから」
本当に、弟想いのいいお姉さんだ。
私もいつか翼が恋人を私に紹介してくれる日が来たら、その恋人に「弟のことをよろしく」と言ってみたい。
「はる姉、旦那今札幌入ったからあと二十分くらいで着くって。あれ、七瀬もう帰るの?」
コートを着てバッグを手にした私を見て、甲斐が言った。
「うん。もずく、お腹すいてると思うから」
「じゃあ家まで送るよ」
甲斐はテーブルの上に置いていた車の鍵を手にしたけれど、私はその申し出を断った。「私は一人で帰れるから、甲斐は遥さんといてあげて」
「でも、夜遅いんだし……」
「だって今、旦那さんここに迎えに来るんでしょ?それなら甲斐も家にいた方がいいよ」
それでも送ると言って聞かない甲斐を、私はしつこく説得し、どうにか下まで送るということで話がついた。
「はる姉、俺が下に降りてる間に部屋の中荒らすなよ」
「そんな短時間で部屋荒らすわけないでしょ。じゃあ、依織ちゃんまたね!いつでも連絡して!」
「はい。ちゃんと旦那さんと仲直りして下さいね」
遥さんに手を振り部屋を出た私は、甲斐に付き添ってもらいエレベーターで一階まで降りた。
「マジでごめん。はる姉、うるさかっただろ」
「ううん、凄い楽しかったよ。甲斐の子供の頃の話も沢山聞けたしね」
「うわ、最悪。アイツ、余計なこと言ってそう」
甲斐がいつも私の前で見せる『彼氏の顔』ではなく、『弟の顔』を見れたのはかなり貴重だったし嬉しかった。
私の知らない表情を発見する度に、今よりもっと好きになっていく。
「遥さんといる甲斐、なかなか可愛かったよ」
「バカにすんなよ」
「だって本当に可愛かったんだも……」
甲斐を茶化していると、突然甲斐の手で顔を引き寄せられ、唇が重なった。