が、瞬時にかわる。
手拭いを嗅がせ、準備万端。
「榎本艦長、急ぎますゆえ、これにて失礼いたします」
「釜次郎殿、心中お察しいたす」
榎本艦長のために心中で口ずさみながら、生髮 臭跡を開始する。がかかってる。頼むぞ」
相棒の 京街道を、とぼとぼとあゆむ兵士たち。
どの兵士もぼろぼろで、しかもよろよろしている。
前方に、肩を組み合い、互いを支えあっている二人連れがあらわれた。
「あれは・・・。たしか、おぬしらが五剣士と呼んでいた、会津武士ではないのか?」
おれたちと距離をおき、あゆんでいる俊春。かれの三本しか指のない掌が、その二人をさす。
「山川さんと、高崎さんですよ」
ともに、無外流の皆伝。会津藩の凄腕の剣士たち。
さきの御前試合で、山川は局長に、高崎は永倉に敗れ去った。そして、先日の沖田対俊春の前座試合では、俊春にいいようにあしらわれていた。「大丈夫ですか?」
慌ててちかづくと、二人も気がついたらしい。
「おお・・・、新撰組の・・・」
ギリギリの状態っぽい。二人いっしょにド派手によろめく。
俊春とともに支えてやる。
「これはひどい・・・」
俊春の合図で、二人を道の脇に横たえさせる。
鎧か胴かつけていたとしても、道中で脱ぎ捨てたに違いない。着物と袴姿で、どちらも血まみれである。
俊春がさっと傷をあらためる。懐から晒をとりだすと、止血し、巻いてやる。
ちゃんと準備しているんだ。
「お二方、どちらも致命傷ではありませぬが、血がかなり失われています。止血しましたが、はやく手当てをしてもらうにこしたことはない。動けるうちに、城へ。ここからであれば、さほど遠くはありませぬ」
俊春の言葉に、二人ともかろうじて頷く。
「申し訳ありません。送りたいのですが、われわれも仲間を探しにゆく途中でして・・・」
俊春のあとをつぐ。
自力でゆけ、なんて酷すぎる。が、送ってゆく暇はない。「われらのことは、気にするな。これだけやってくれたのだ。あとはなんとか・・・。それよりも、山崎君・・・」
高崎は途中で咳き込み、山川があとを継ぐ。
「なんでも、まだ隊士がいるとかで・・・。すくなくとも、われわれはみておらぬ。新撰組の隊士で最後にみたのは、陰険な顔つきの小男であった。たいした傷でもなく、われらが会津藩士であることに気がついても、せせら笑ってとっとといってしまった。それ以降は、みておらぬ・・・。すぐそこまで、敵が追ってきておる」
いっきにまくしたて、咳き込む。
「まだおったとしても、到底間に合わぬ。いっても無駄だと、止めたのだが・・・。兎に角、はやくゆけ」
喘ぐようにいう、高崎。
俊春がすぐに動き、まだマシっぽい敗走兵の一団をみつけてきた。
どこの者ともしれぬその一団に、二人を託す。
別れ際、二人に礼をいい、みおくる間もなく臭跡を再開する。「相棒、がんばってくれ」
相棒は、地面にぴたりと鼻をつけ、ぐんぐん進む。
いまは、この方法をとるしかない。確実でもある。
「どういうことだと思います?ってか、なにゆえ、かようにはなれているのです?」
またしても、俊春はおれたちと距離をおいている。
「静かにしてくれぬか?集中できぬ。兼定は、山崎先生を。わたしは、それ以外の動向を探っておる。耳朶と鼻でな・・・。たしかに、敵の軍勢はちかいようだ」
わずかな黴のにおいも嗅ぎとる男、俊春。くわえて、耳までいい。
隣人になったら、生活音、生活臭、すべてにおいて気を遣わねばならない。
勘弁してくれって、タイプである。
「俊春殿、さきほどのお二人の話・・・。陰険な顔つきの小男って・・・。その隊士が、逃げ遅れてる隊士がいるって、告げたのではないでしょうか?」
「なにゆえ、偽りを申す?もしかすると、敵が迫っていることに、気がついておらぬのやもしれぬ。あるいは、誠に隊士が取り残されているのやも・・・」
俊春のいうとおり。が、重傷の高崎と山川を、にやにや笑ってみ捨てるというところが、悪意に満ちている。
「その陰険な顔つきの隊士だが、それがだれかは、わたしたちはわかっている。だが、ここで邪推していてもはじまらぬ。いまは、山崎先生と鳶に会うことだけに、専念すべきではないか?」
いちいちもっとも。
無言で頷き、気合を入れなおす。
綱を、握りなおす。
相棒にも、伝わっているはず・・・。