した。
そして刀も持たずに部屋を飛び出す。腹に巻かれた晒しからはじわりと血が広がっていたが、それすら気にならなかった。
「……はは、月經量多 ふはは!これで松原も終わりだ……」
武田は部屋から出ると、近くに待機させていた隊士に目配せをする。誰かが近付けば合図で知らされるように仕組んでいたのだ。
「おい、松原が脱走した。手筈通りに奴らへ声を掛けに行け」
松原に殴られた頬を触りながら、隊士へそう命を下す。だが、隊士は中々動き出そうとしない。顔色を青くしながら、僅かに震えていた。人を陥れることに対しての罪悪感が大きいのだろう。
「あ、あの……。もう、私は、」
「何をしている。早く行けッ!法度破りで死にたいのかッ!」
ビクリと肩を跳ねさせると、今度こそ隊士は門に向かって駆けていった。
「私の策に誤りなど無い。後は、刻を置いてから松原の脱走を報告すれば……」 「おサエ、ミチ……ッ!」
松原は何度も足を縺れさせながらも小路を駆けた。大通りだと隊士に見付かる可能性が高い。見付かれば、今度こそ切腹は間違いだろう。もはや、この期に及んで死への恐怖はなかった。
ただ、二人の顔を見たい。無事を確かめたい。ただそれだけだった。
──局長、副長。今まで面倒見てくれておおきに。
──沖田はん。ワシなんぞに気を遣ってもうて嬉しかったで。
──山野、馬越。ようけ心配かけてもうた。アンタらと呑む酒は美味かった。ええ兄貴分で終われんかって済まん。
──鈴さん。泣かせてしもうて済まんかった。ワシはアンタに弟の姿を重ねてもうたんや。嫌がらずに受け入れてくれはって、嬉しかった。
松原は駆けながら頭の中で何度も大事な仲間に謝る。その目からは涙が流れていた。
やがて、二人が住む長屋へ到着する。荒い息が整うのを待つこと無く、松原はその戸を開けた。
すると、鼻を覆いたくなるようなムンとした嫌な臭いがする。これには覚えがあった。血と体液と、死臭の混ざったそれである。綺麗に整頓されていた室内は荒らされ、見る影も無かった。
「おサエはん……ミチ、何処や……?ワシや、松原や」
自分でも情けないほどに声が震えているのが分かる。草履を脱ぐことも忘れ、松原はフラフラと玄関へ入った。式台の段差に躓き、前へ倒れるがそのまま這うように進む。
「なあ、何処や。頼む、返事をしてくれ……。後生やから……なあッ」
薄暗く狭い部屋の隅からは一際強い異臭がした。床を伝う手には、ぴちゃりと生暖かいものが触れる。
それが血だと認識するなり、松原はその中心にいる人物へと弾かれるように寄った。細い身体を抱き起こすと、まだほんのりと暖かい。
だが、まるで死の時を待つかのように、微動だにしなかった。髪は乱れ、着物もはだけておりその胸には小さなミイラが抱かれている。
「おサエはんッ!おサエ……」
松原は大きな身体を震わせ、サエの身体を抱き締めた。
「何でや、何でこんなことになったんや……!」
その声に反抗したのか、ぴくりと目蓋が動く。それを見た松原はサエ、と名をもう一度呼んだ。
「ちゅ、うじ……はん。なん、で……」
「何ではこっちの台詞や!これはなんなんや……」
暖かみを失いつつある頬に手を当てる。まだ生きていることを確かめるように、何度も頭や顔を撫でた。
「……もう、生きたかて、意味……あらへんのや……。ミチも、おらん。忠司はん、も……おらん」
その弱々しい声に、松原は顔を歪める。大粒の雫がサエの頬に落ちた。
「すまんかった、すまん、来れへんかって、すまへんだ……ッ。」
「ええの。もう、ええの……。ああ、