隊士の半分が何らかの不調になっていた。殆どが軽症だが、渋り腹、皮膚病、眼病、等が主たるそれである。
桜司郎の脳裏には、松本や南部が繰り返し隊士に言い聞かせていた言葉が浮かんだ。
──身体や手を清潔に保つことで、皮膚や眼病や予防出来る。花柳病は主に花街などで床を共にすることでなってしまう。顔に出来物や紅斑があったり、一日に何人も相手にしたりするような安女郎は買わないように。
そのように念を押されていた。月經血塊 病は腕っ節の強さでは勝てない。だからこそ予防が出来るものはしなければ、床で死ぬことになる。それは武士として無念が残りそうだと桜司郎は視線を落とした。
そこへ二人の診察を終えた松本が桜司郎の隣に立つ。土方の元へ行くのに付き合えと言った。
近藤や土方から絶対的信頼を置かれる山崎では無く、何故自分なのだと思いつつそれに従い立ち上がる。
そわそわと此方を見た山崎に対して、松本は口角を上げて口を開いた。
「山崎君は南部から講義を受けてくれ。あんたが一番医術に明るいのだろう?新撰組の医者さんよ」
「は、はい!」
そう言われれば、山崎は嬉しそうに頷く。案外可愛い男なのだ。
桜司郎は松本に続いて幹部棟へ続く渡り廊下を歩く。しとしとと降り続く雨を鬱陶しそうに松本は見上げながら、立ち止まった。そして後ろの桜司郎を見やる。んん、と咳払いを一つした。
「失礼なことを聞くが……。あんたは土方君の か?」
松本は小さな声でそう言う。最初何を言われているのか分からなかったが、意味を理解した桜司郎は顔を赤くして首と手を大きく振った。
「ち、違いますッ!どうして私が……!」
叫ぶように言えば、松本は慌ててシッと人差し指を立てると、見当が外れたかと首を傾げた。そして桜司郎に近付き、声を潜める。
「……あんた、女だろう?」
そのように問い掛ければ、桜司郎は今度は顔を青くした。やはり、と松本は腕を組む。
「南部は気付いているか分からねえが、私くれェの医者になると骨格で大体分かんだよ。あの近藤君が女人の入隊を認めるとは思い難いし、となりゃあ土方君かと思ってな」
松本の推理はピタリと当たっていた。やはり見る人が見れば分かるのだろう。どうしよう、と目を瞑った。
「とは言え、私ァまだ土方君と話したことがねえ。だが、近藤君から聞く限りは真面目で隊のことに関しちゃあ硬派な男なんだろう? らせるとは思えねえがな……」
更に土方と話すのが楽しみだと松本は笑う。あくまでも松本は幕府の御典医というだけであり、新撰組の事情に口を挟む気は更々無かった。
だから、情人ではないと心の中で思いつつ桜司郎は何も言えなくなる。黙りこくった桜司郎を見ると、松本はその肩を叩いた。
「安心しろ、私ァ言い触らすなんて野暮な真似はしねえよ。ただ推理が好きなだけだ。ほら、行くぞ」
身体を診れば、どのように生きてきたのか大体予想がつく。手や身体の傷一つでもその人の人生の軌跡を物語っていた。それが粋だと松本は感じている。