三津は頷き掠れた声でありがとうと何度も呟いた。
「一つお願いがある。あっちに行って一日が終わる時には私の事を思い出してくれん?私も毎晩三津を想いながら眠りにつく。」
「分かりました。必ず。」
入江だけじゃない。きっと今日はみんな無事に過ごせたかなと考えるに違いない。
そこにはまだあの人の顔も浮かぶ。それを忘れられるように必死にもがく日々がしばらく続くのだ。
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こんなにも苦しい思いを味わってるのに,浮かんでくるのは幸せだった時の記憶。
普段なら嫌な事ばかり思い出してしまうのに,こんな時にはいい思い出しか出て来ないなんて人間とは本当に都合のいい生き物だ。
「今は泣いたらいいそ。落ち着くまでおるけぇ。」
入江は震える体を優しく抱き寄せた。
三津の泣き声が寝息に変わるまで入江がその腕を緩める事はなかった。
食べてもないのに泣いて体力ばかり消耗している三津は気付けばすぐに眠りに落ちていた。
「あ,起きた?」
「幾松さん?」
どういう訳か幾松と白石が上から自分を覗き込んでいる。
「泣き疲れて寝てたんよ。入江はんはあっちに戻った。起きたらご飯食べさせてってお願いされたから。」
幾松はすっと膳を押し出してきた。食欲のない三津が食べられるように少量のお粥と煮物が盛り付けられていた。
「これぐらいは食べれな萩まで保たへんで。」
幾松が自分を思って作ってくれたのかと思うとまた涙腺が緩む。
「いただきます。」
手を合わせて箸を伸ばした。炊かれた小芋をゆっくり噛んで味わい,美味しいと泣きながら食べた。
「当たり前よ。私が作ってんから。」
美味しい美味しいと泣きながら食べる三津にどうしてか幾松も泣きそうになった。食事を終え,少し休んで湯浴みをして,三津はまた深い眠りに落ちた。
「ホンマにあどけない子供や……。」
幼く見える寝顔を幾松と白石は眺めた。前より少し血色の良くなった顔に幾松の細い指がそっと触れた。
「何だか無理して大人になったような子だね。」
「それも桂はんの為になろうとしたんやろうけど……。でも桂はんは子供のままのお三津ちゃんを可愛がりたかったんちゃうかしらね。
好きな人の為に自分を変えようとしたお三津ちゃんと,そのまま変わらずに居てほしかった桂はん……。
そりゃ噛み合わんくなるやろうけど根本的な互いを想う気持ちは同じやのに。ホンマに阿呆な二人……。」
「桂君に大人の男としての包容力が足りないのかねぇ……。」
白石のぼやきにそれよ!と大きな声を上げてしまい,幾松は慌てて手で口を塞いだ。
「白石はんそれ言ったって?お前がお三津ちゃんに合わせたらなアカンねんぞって。
あの人お三津ちゃんの事になったら子供みたいになるねんから。」
「でも桂君をそんな風にしてしまったのは三津さんだね。」
結局どっちもどっちかと二人は溜息をついた。
「萩へ向かう手助けしといて何だけど本当にこれでいいのかねぇ……。」
頑固な三津はもう自分の意見を曲げない気がする。でもこれで終わりだなんてあんまりじゃないか。
「私もこれで終わりにはさせたくないけど……。二人共考え直す時間は要るんかもしれへんわ。」
見てるこっちももどかしいと二人はまた溜息をついた。
翌日も朝早くから桂は屯所を訪ねて来ていた。三津の目撃情報の確認としばらくこっちに顔を出せないとの報告だった。
「もし萩に向かったとしても三津一人で行けるとは思えないし,無事着いても文ちゃんが素直に来たと教えてくれるとは思わない……。やっぱり私が探しに行かねば……。」
「木戸さん冷たい事言うようやけど今は職務の方が三津さんより大事じゃ。国の行く末がかかっちょるんやけぇ。」
高杉の言う通りで桂は返す言葉もなかった。
本当は自分にとって三津はそれ以上の存在だ。だけどそれを手放したのも自分だ。
「何かあれば知らせてくれ……。」
それだけを言い残して腰を上げた。幾松も見送る為に腰を上げてついて行った。
「この際潔く諦めたら?端から貴方には扱えん子やったんよ。諦めて私の事奥さんにしてくれたらええやないの。」
桂はふっと笑みを浮かべるだけで何も言わずに立ち去った。
「ホンマに恥ばっかかかせてくれるわ。この男。」
幾松はその背中に悪態をついた。