「それよ。問題はそこやないそっちゃ。」
三津と入江は顔を見合わせてから盛大に溜息をついた。
「すまん……いや,あそこまで拗れるとは思わず……。」
桂から京へ戻ると聞かされ,何が一番大変だったかと言うと,
「俺を一人にするんかっ!!」
山縣が駄々をこねたのだ。寂しい行かないでくれと三津を連れて逃げ出そうとした。
無論入江が許すはずも無くそれは失敗に終わったが,この世の終わりだと言わんばかりに駄々をこねた。
「山縣さん,新しい世を見ずに逝ったみんなの為に私らは行かなアカンのですよ。
みんなの想いを託されたのは山縣さんも同じ。やからここを護ってて?」
こうなった山縣を宥められるのは三津だけ。三津に“お願い”と見つめられたら首を縦に振らざるを得ない。
「そうやな……。俺がおらんとな……。俺にも護るべき家族出来たもんな……。」
「そうです。奇兵隊と言う家族を護って下さい。」
「おう,それと別で俺嫁もらったけん護っちゃらんとな。」
「は?」
「嫁?」
入江と三津は何の話だ?と疑問符を浮かべて首を傾げた。
「そう嫁。俺結婚したそ。」
「はぁ!?お前何でそんな大事な事言わんそ!?馬鹿なん!?」
「たっ!高杉の事あったけぇあんま祝いの空気出せんかったから落ち着いたら言おうとっ!!」
入江に勢い良く胸ぐらを掴まれた山縣は前後にがくがく揺らされた。
三津もあまりにも急な申告に口を開けたまんま呆然とした。
嫁がいる癖に寂しいと泣き喚くこの男は一体……。
「やめろ入江!俺は機会を伺っとったのに急に京行くとか言い出した木戸さんが悪いっ!!」
山縣は部屋の隅で我関せずと空気になっていた桂に矛先を向けた。
前もって聞いてたら心の準備出来てたわと山縣は叫んだ。
そして三人の視線を一気に注がれた桂は澄ました顔をしながらも,どうにかその視線を避けようと体を揺らした。
「ホンマに……どんだけ人を振り回すんでしょうね?」
落ち着いた声で満面の笑みを見せる三津ほど桂にとって怖いものはない。「そりゃ普段から遠方に足伸ばす貴方にとっては大した事ちゃうかも知れませんけどこっちは女中の仕事もあるんですからね!?」
「はい,すみません……。」
桂は背中を丸めて平謝り。それを見て三津は次に山縣をじろりと睨んだ。
「山縣さんも!奥様おってやのに寂しいって私連れ出そうとするのおかしいでしょ!甘える場所できた癖に何してるんですか!」
「だって嫁ちゃんはみんなの嫁ちゃんで特別なそっちゃ!嫁ちゃんは別!神!
やけん嫁ちゃんだけでも残ってくれや!!
そうや!入江と木戸さん二人で戻り!嫁ちゃんはいけん!!あっち危ない!!」
山縣は三津をぎゅーっと抱きしめて行くな行くなと繰り返す。
子供のようにごねる山縣に,三人と脇で見ていたセツも溜息をついて呆れていた。
「本当に一人になるんやないやろが。みんなおるやろ。」
入江の言葉に山縣は違うそうじゃないと噛み付いた。
『あー……そっか……。そうやんね……そう言う事ちゃうんよね。誰がおってくれるかが重要なんよね……。』
山縣が言う“寂しい”の意味は分かる。高杉の事もまだ心の整理がついてない状態なんだ。
それなのに“後は任せた”で置いて行かれるのでは心の負担もそれなりに大きいはず。
三津はもぞもぞ身を捩り,どうにか腕の自由を取り戻して山縣の背中をとんとん叩いた。
「山縣さんの寂しい気持ちは分かりました。
私だって寂しいですよ?同じ賑やかでも山縣さんがいる賑やかといない賑やかは別物です。
でも心は繋がってると思ってて下さい。離れとってもみんな気持ちは一つです。」
「嫁ちゃんはええんか……。また自由に出歩けん生活やぞ……。こんな勝手な男に振り回される事ないぞ……。」 【植髮終極指南】如何選擇最佳植髮診所?
「確かに勝手が過ぎるとは思いますよ?でも私はこの人の傍で,この国が変わるのを見とかんとアカンのです。
責務と言えば大袈裟やけど,お互いに今の自分の役目を果たしませんか?
私はもう居ないみんなの分まで見届けに行きます。」