早足で近寄ると、馬越の腕を掴んだ。
「ねえ、馬越君。危ないことはしていないよね。沖田先生や、忠さんに顔向け出来ないことはしていないよね……」
切なげな声色が馬越の鼓膜を叩く。ズキリと胸の奥が痛むが、それを誤魔化すように顔を逸らした。
桜司郎は更に言葉を続ける。
「どんな事情があって、生髮洗頭水 一番組を離れたのかは分からないけれど……。それでも、だから……!」
その言葉に、馬越の瞳は揺れた。漆黒の闇のように濁ったそれが、日を浴びた朝露のように光を宿す。
…………」
たった二文字の言葉が、酷く馬越の心を動揺させたのだ。
「そうだよ。組が違うからって、友情が消える訳じゃない。ねえ、またでお酒呑みに行こうよ」
「…………お酒、か。良いですね」
馬越は淡く微笑む。
その微笑み方には見覚えがあった。どこで見たものだろう、と桜司郎は小首を捻る。
そこへ突然馬越が振り向いた。
「……こ、こんな事言っても説得力が無いかもしれませんが。私を信じて下さい……。私は、絶対に二人を裏切ることはしませんから。今はそれしかお伝え出来ません」
それはまるで昔に戻ったかのように、穏やかな言葉だった。今までのことは夢なのではないかと思わせるような、友好的な笑みに桜司郎は無意識に頷く。 そこから数日のことである。土方より組長格の招集が掛かった。
桜司郎は沖田と共に副長室へ向かう。中へ入ると険しい表情を浮かべた近藤と土方が揃って座っていた。
用意された座布団の上へ次々と各組長が腰を降ろす。その前へ市村が茶を置いた。
「皆揃ったか……。斯様に皆が集まったのは久方振りだな」
近藤の言葉に、桜司郎は横目でその顔触れを確認する。だがある事に気付いた。この場に武田の姿が無いのである。
「時間も無い。俺から説明させて貰う……」
そこへ土方が口を開いた。昨夜は徹夜だったのか、目の下に隈を拵えており、いつもよりも凄みが増している。
「まずは……残留していた伊東派の隊士が、幕臣取り立てに反発して隊を脱したことは知っているな」
その言葉に室内はぴりりと張り詰めた。御陵衛士勢が分離した当初からこの流れは予想されていたことではある。帝を主君として据える尊皇攘夷派が、幕臣になることを拒んだ結果だった。二君に仕えることは心が許さなかったのだろう。
問題はその先だった。案の定、彼らは伊東の元へ駆け込んだが、約定がある為に合流を断られたという。そこでどうにも行かなくなったのか、があったのか、守護職屋敷へ脱退のための請願書を提出しに向かったらしい。
そこで彼らを引き取りに来るようにと、屯所宛てに達しがあった。出向いた近藤や土方らは言葉を尽くし、戻るようにと交渉に当たったという。
そこまで話すと、土方は苦々しく眉を寄せた。
「そんで……奴らはどうなったんだ?」
その続きを永倉が促す。
「奴ら、考えさせてくれと言って別室に移動したのだが……。そこで見事に割腹して果てていたよ」
帰れば切腹が待っている上に、頼みの綱だった伊東も会津も当てにならぬと絶望したのだろう。せめてものの抗議とも取れる行動だった。
「……そのうちの一人が、息の根が止まる前に何故か"武田先生を信じたのに"と恨み言を呟いていた」
「武田さんが絡んでるのか?ああ、だから呼ばなかったのかい」