「三木さん、これで御満足でしょうか」
桜司郎に声を掛けられた三木はハッと我に返った。そして再度挑発的な笑みを浮かべる。
「…こ、こんなんじゃちっとも面白くねえよ。男が妓の格好なんて…バケモンみたいになるかと思ったら、本当の女みてえになりやがって」
その声に馬越はびく 去皺 りと肩を震わせる。それを横目で見た桜司郎は馬越に山野の元へ下がるように耳打ちした。これ以上の直接的な侮辱は馬越に与えたくないと思ったのである。
だけど、と馬越は躊躇うような視線を送る。大丈夫だと勝気な笑みを浮かべると桜司郎は三木と対面した。三木は後ろに下がる馬越を興味無さそうに見送ると、桜司郎に視線を送る。
「おい、何か芸は出来ねえのか?見てくれだけじゃあ、場安の妓と変わらねえぜ」
三木のやりたい放題となったが、伊東の手前では近藤や土方、山南も声を上げることは出来なかった。
「三木く──」
沖田は立ち上がろうとしたが、それを土方が制する。近藤の面子を潰す訳にはいかず、堪えるように言った。
大事な弟分が辱められているというのに、何も出来ないことに沖田は拳を固める。
伊東も実弟の暴走に、眉間に手を当てた。
「芸ですか…。残念ながら舞も楽器も出来かねます」
そのように返せば、三木は勝ち誇ったように笑みを深くする。
「確かにお前には風流というものが理解出来なそうだしな」
「風流…。そうだ、誰か私の太刀を貰って来てくれませんか。そうすれば、面白い物をお見せします」
桜司郎はある事を思い付いた。
斎藤が手を挙げて玄関先へ取りに行く。絶対に殺傷沙汰にならないことを条件に、返して貰ったという。
「…何を考えているのかは分からぬが、三木の挑発にこれ以上乗る必要は無いぞ」
斎藤から薄緑を受け取ると桜司郎は不敵な笑みを浮かべた。艶のあるそれを見た斎藤は左胸に手を当てる。
明け方や夜襲の時に見た色気とは違うそれに心の臓が忙しなく鳴り響いていた。
「太夫さん、そこの花瓶の花を頂くことは可能ですか?」
伊東の横にいる花香太夫に声を掛ける。すると、小さく頷いた。
桜司郎はそれを取りに行き手にすると、三木へそれを差し出す。
「これは…冬牡丹か。俺にどうしろと?」
「それを持っていて下さい。花だけを切り落として御覧にいれましょう」
三木は驚愕に目を見開いた。そしてそれを桜司郎へ突き返そうとする。
「ッ、こんなもん持てる訳がねえだろッ!そう言って手元を滑らせ、仕返しに俺を斬る気かッ!」
そう騒ぐ三木を桜司郎は冷たい目で見下ろした。その時、三木の手から伊東が冬牡丹をそっと取り上げる。
「あ、兄上ッ!?」
「いい加減に黙りなさい、三郎。見苦しい。貴方が煽ったのだから、その始末は己で付けるべきでしょうに。…鈴木桜司郎君、が愚弟の代わりに花を持つと言うのは如何かな」
そして鯉口を切る音が響いたと同時に、伊東の前に鋭く風が吹き顔を撫でた。
気付けば茎からは花は既に切り取られている。花弁を散らすことなく失せていた。
おお、と室内にはどよめきが起こる。妓達は袖で口元を覆った。
伊東は思わず自身の首に手を当てる。太刀筋が早すぎて目で追えなかったのだ。
「…どうぞ、伊東先生」
桜司郎は太刀の先に乗った冬牡丹を差し出す。
振るった返し刀で、切り取ったそれが畳に落ちる前に掬い上げたのだ。
伊東はそれに手を伸ばす。そして、自身の腕が震えていることに気付いた。
──実に粋で雅だ。