慌てて玄関に向かうと、本当に甲斐がいた。
今日は、私と蘭は甲斐の車に乗せてもらうことになっている。
でも、家まで迎えに来てもらうのも悪いと思ったため、大通の駅で待ち合わせをしていたはずだった。
「甲斐、どうして?」
「サプライズで迎えに来た。驚いた?」
驚く私を見つめながら、甲斐は満足そうに微笑む。
三日前、指數 期貨 職場で甲斐と顔を合わせたときに、話の流れで温泉旅行の日の朝にもずくを実家に預けに行くことは伝えていた。
でもまさか、わざわざ迎えに来てくれるとは思わなかった。
「驚くに決まってるでしょ……とりあえず上がって。出発までまだ時間あるし、お茶でも飲んでく?」
「お邪魔しまーす」
以前も思ったけれど、甲斐は私の実家の光景に驚くほど馴染んでいる。
例えば久我さんがこの家にいる姿なんて、あまりに不自然過ぎて想像出来ない。
「甲斐くん、サッカーのゲームしない?姉ちゃんはRPGとかテトリスは得意なんだけど、サッカーとか競技系のゲームは弱すぎて相手にならないんだよね」
「確かに。七瀬、不器用だもんな」
二人にバカにされるのは癪だけれど、普段から甲斐に懐いている翼は、やっぱりどこか嬉しそうだ。「甲斐、コーヒーと緑茶と紅茶どれがいい?」
「じゃあコーヒーで」
「姉ちゃん、俺にもお願い」
既に紅茶を飲み終えていた私は、キッチンに立ちケトルでお湯を沸かし始めた。
コーヒーに合いそうなお菓子もいくつかピックアップし、お皿に並べる。
その間、甲斐と翼はサッカーゲームをしながら会話を楽しんでいた。
二人の会話が、キッチンの方まで聞こえてくる。
最初は翼が甲斐に恋の相談をしていたけれど、途中でいきなり話の風向きが変わった。
「翼も好きな子とか出来る歳になったんだな」
「一応俺、もう高2だからね。でも同級生は皆中身が子供っぽくて嫌なんだ。付き合うなら、年上がいい」
どうやら翼が今片想いしている相手は、年上の女性らしい。
自分だってまだまだ子供のくせに、同級生は子供っぽいから嫌だなんて生意気だ。
「翼は七瀬みたいな人がいいんだろ?お前、だいぶシスコンだもんな。だから年上好きになるんだよ」
「別にシスコンじゃねーし!」
少し照れながら否定する翼が可愛くて、キッチンの方から声をかけようとしたときだった。
「ていうかさ、甲斐くんも彼女出来たんでしょ?」
私が気になっていたことを、翼は甲斐に直球で聞き出したのだ。「甲斐、コーヒーと緑茶と紅茶どれがいい?」
「じゃあコーヒーで」
「姉ちゃん、俺にもお願い」
既に紅茶を飲み終えていた私は、キッチンに立ちケトルでお湯を沸かし始めた。
コーヒーに合いそうなお菓子もいくつかピックアップし、お皿に並べる。
その間、甲斐と翼はサッカーゲームをしながら会話を楽しんでいた。
二人の会話が、キッチンの方まで聞こえてくる。
最初は翼が甲斐に恋の相談をしていたけれど、途中でいきなり話の風向きが変わった。
「翼も好きな子とか出来る歳になったんだな」
「一応俺、もう高2だからね。でも同級生は皆中身が子供っぽくて嫌なんだ。付き合うなら、年上がいい」
どうやら翼が今片想いしている相手は、年上の女性らしい。
自分だってまだまだ子供のくせに、同級生は子供っぽいから嫌だなんて生意気だ。
「翼は七瀬みたいな人がいいんだろ?お前、だいぶシスコンだもんな。だから年上好きになるんだよ」
「別にシスコンじゃねーし!」
少し照れながら否定する翼が可愛くて、キッチンの方から声をかけようとしたときだった。
「ていうかさ、甲斐くんも彼女出来たんでしょ?」
私が気になっていたことを、翼は甲斐に直球で聞き出したのだ。やってしまった………と反省している間に、甲斐が素早く私の元に駆け付けてくれた。
「大丈夫か?ケガは?」
「指、ちょっと切ったかも……」
「どれ、見せてみ。翼!消毒と絆創膏持ってきて。あと掃除機も。こっち来るとき、ちゃんとスリッパ履いてこいよ」
甲斐は慌てることなく翼に的確な指示を出し、切った指の処置を施してくれた。
甲斐はこういうとき、本当に頼りになる。
……甲斐に触れられている、指が熱い。
「何やってんだよ。手、滑ったの?」
「あ……うん、暑くて汗かいてるからかな」
「気をつけろよ。そんなに傷は深くないから良かったけど」
「……うん、気をつける。ありがとう」
甲斐の優しさにときめく日が来るなんて、思っていなかった。
甲斐にたった指一本触れられただけで、こんなにも泣きそうになる日が来るなんて、思っていなかった。
「はい、処置終了。掃除機かけるから、そこから動くなよ」
「……はい」
私は言われた通り少しも動かずに、掃除機をかける甲斐の姿を目で追った。
その姿から、私は一瞬も目を離せなかった。
「今日はもしかしてこの後、仕事に戻るとか?」
「普段なら今の時間はまだ会社ですけど、今日は珍しく早く終われたんです」
久我さんは以前は営業を担当していたけれど、今は主に企画やマーケティングを担当しているらしい。
広告代理店で働いている友人が私の周りにはいないため、久我さんの仕事の話は全てが新鮮で面白かった。
「ちなみに営業のときは、點讀筆推薦 帰宅は終電間際がほとんどでプライベートの時間は0に等しかったですよ」
「それはきついですね。私なら、そんな毎日が続いたら精神的に余裕がなくなってしまいそうです」
「七瀬さんの仕事は、普段残業はないんですか?」
「ほとんどないですね。勉強会とかは毎月定期的にやるんですけど」
久我さんも私の仕事については未知の世界らしく、興味深そうに私の話に耳を傾けてくれた。
久我さんは話し上手で、同時に聞き上手でもある。
きっと会社でも、周りから頼りにされ好かれているのだろうと感じた。
しばらく互いの仕事の話をしたところで注文していたハンバーグがテーブルに運ばれ、次は食事についての話題に移った。
「七瀬さんは、朝食はご飯派ですか?それともパン?」
「絶対にご飯派です。パンも好きなんですけど、朝はお米を食べないと力が出なくて」「僕も同じです。朝は米と納豆に味噌汁、あとは魚があればベストですね」
「わかります!でも、なかなか朝からちゃんとした食事って作る余裕ないんですよね」
「僕も、卵かけご飯で終わらせることはよくありますよ」
意外だ。
久我さんは見た感じだと、朝から完璧な朝食を作り、手を抜くことなんてしない人のように見える。
しかも、米よりトーストやホットサンドなどを朝から優雅に食べているイメージだ。
人の内面は外見だけでは読み取れないのだと、改めて知った。
意外と好きな食べ物や嫌いな食べ物の話で盛り上がった後は、ついに恋の話題が持ち上がった。
話題を振ってきたのは、もちろん久我さんの方だ。
「そういえば七瀬さんは、最近恋人と別れたばかりなんですよね」
「……そうですね」
ついに恋愛系の話題がきた。
やはりこのまま当たり障りのない会話をして帰る、なんてことは出来なかった。
でも、遥希に浮気されたことがきっかけで別れたことはあまり話したくない。
私はどうにかして話を逸らしたかった。
「久我さんは、すごくモテそうですよね。久我さんに告白してくる女性は沢山いるんじゃないですか?」
「沢山はいないですよ」
沢山はいない、ということは……告白してくる女性は何人かはいるということだ。
でも、こんなに完璧な人がなぜ今フリーなのだろうと不思議に思ってしまう。
普通なら、恋人がいてもおかしくない。
久我さんは現在三十歳だと言っていた。
私の二つ年上だ。
今までの恋愛で、結婚を考えたことはないのだろうか。
自分は結婚願望がないくせに、他人の結婚歴は気になってしまう。
「失礼ですけど、久我さんはずっと独身ですか?過去に結婚したことがあるとか……」
「いえ、一度もないです。七瀬さんは?」
「私もないです。というよりも……」
自分には、結婚願望がない。
結婚して幸せになる未来が想像出来ない。
好意を寄せてくれている久我さんには、ハッキリ伝えておくべきだと思った。
「あの、実は私、今まで結婚したいと思ったことがないんです」
「え?」
「理由はいろいろあるんですけど……とにかく自分は結婚に向いていない気がしていて」
猫を被っても意味がない。
いつかその考えが変わる日が訪れるかもしれないけれど、今の私の本心を伝えておきたかった。
「だから、もし久我さんが次付き合う人と結婚を考えているようなら……」
私とは、関わらない方がいい。
そう伝えるつもりだった。
「七瀬さん。実は僕も、結婚願望がないんですよ」
予想外の言葉が返ってきて、私は目を見開いた。「え……本当ですか?」
「えぇ。いつかその考えは変わるかもしれないですけど、今のところはまだ」
「私も……同じです」
まさか久我さんが、結婚に対して私と同じ考えを持っているなんて思いもしなかった。
「僕の周りには、結婚して幸せそうな人が一人もいないんですよね。離婚した人もいれば、不倫している友人もいますよ」
「え……」
「だから周りを見ていると、形式にこだわる必要がないような気がしてしまって」
「そうなんですね……」
結婚願望がない。
その理由は、きっと人それぞれだ。
周囲の影響もあれば、いつまでも自由でいたい人だっているだろう。
どんな理由であれ、その人にとっては大きなことなのだと思う。
「でも、驚いたな」
「え?」
「女性で結婚願望がないっていう人に出会ったのは、七瀬さんが初めてですよ」
「……ですよね。この間まで付き合っていた人にも、私はおかしいって言われちゃいましたから」
私は、自分を卑下するように笑ってみせた。
本当は笑いたくなかったけれど、笑っていないと胸が痛くなってしまいそうだったから。「七瀬さんがおかしいなら、僕もおかしいことになりますね」
「え……」
「自分のことをおかしいと言ってくる人のために、自分の価値観を曲げる必要はないと思いますよ」
「……」
「少なくとも、僕は七瀬さんと同意見ですから」
久我さんは、私を慰めるように優しく微笑んだ。
六年付き合ってきた遥希とは、全く違う。
大人の余裕と、落ち着きがある。
間違いなく私は、その優しい微笑みと語り口調に癒され始めていた。
「僕たち、きっと合いますね」
理想の恋なんて、どこにもないとわかっている。
全ての考え方や価値観が同じ人なんて、どこにもいない。
でも、自分に似ている人はきっといる。
私の理想の恋の相手は、どんな人なのだろう。
久我さんと食事をしながら、ふとそんなことを考えた。
蓮太郎はなにを考えているのかよくわからない目でこちらを見たあと言ってくる。
「襲わない。
安心しろ。
……その前にやることがあるから」
な、なにをするんですかっ?
と怯える唯由に蓮太郎は言った。
「よし、人生ゲームをしよう」
二人で向かい合って、畳の上に置いた人生ゲームをやる。
「これ、二人でやると、親子遊 ひとりが人生の勝者でひとりが敗者みたいな感じになりますね」
蓮太郎は盤上を見たまま、
「お前と俺とで、どっちが人生の勝者で敗者ってこともないけどな」
と言う。
ど、どういう意味なんですかねっ、と最初は気になっていたが、どちらもムキになる性格なので、いつの間にかゲームに夢中になっていた。
「てめっ、俺を5マスも戻したなっ」
「私が戻れと言ったわけではないですよ。
このマスの指示ではないですか」
はははは、と唯由は笑っていたが、あっという間に蓮太郎に追い抜かれ、蓮太郎は結婚することになった。
車のコマに蓮太郎は花嫁をのせようとしてやめる。 蓮太郎は唯由の車から唯由を引き抜いた。
自分の横にのせる。
「……ゲーム終わっちゃいますよ」
そうだな、と蓮太郎は二人の乗ったその車を見ながら呟いた。
「王様ゲームはもう終わりだ」
いつかの夢と同じことを蓮太郎が言ったので、ドキリとする。
もういりませんか?
もう愛人いりませんか?
もう愛人としてお側にいることもできませんか?
あなたが好きだと気がついたばかりなんですけど。
もう私、いりませんか……?
だが、蓮太郎はその車のコマを見つめたまま言う。
「俺は自分の野望のために、お前を愛人にしたかった。
ひいじいさんの逆鱗に触れて、後継者候補から外れたかった。
だが、お前は、ひいじいさんに気に入られてしまった。
その時点で、お前は用なしのはずだった」
あの……、心臓が止まりそうな言葉のチョイスやめてください、と思う唯由の前で、蓮太郎は車に乗った二人だけを見つめている。「でも、俺はお前との愛人契約を解消しようと思わなかった。
お前といたら、俺はすべてを失うんだろうなと思いながらも。
自由な生活も、研究者としての未来も俺の前から消え失せる」
でも……と蓮太郎は言った。
「でも、俺は俺の生きがいすべてを捨てても、お前といたいと願ってしまったんだ」
愛人はもういらない、と蓮太郎は言い、ようやく顔を上げた。
唯由を見つめる。
「俺と結婚してくれ。
それが俺の三つめの願いだ」
……だから、三つ叶えるって言ってません。
っていうか、まだその話、覚えてたんですか、と唯由は思う。
「そして、一生側にいてくれ。
それが四つめの願いだ」
いつ四つに増えたんですか……。 俯き、唯由は言った。
「あなたを好きだと、この間気づいたんです。
でも、愛人が好きとか言ったら困りますよねって思ってたんです」
なんでだ、と蓮太郎は言う。
「愛人だからいいだろう。
『愛する人』なんだから」
蓮太郎がゲーム越しに身を乗り出し、そっとキスしてきた。
「長い付き合いになるだろうから……
今夜は無理強いはしない」
そういうとこ、好きかな、と思いながら、唯由は涙ぐみ、
「……ありがとうございます」
と蓮太郎に礼を言った。
……が、
「無理強いしないって言いましたよねっ?」
「無理強いはしない」
「無理強いしてますよねっ?」
「無理強いはしていない。
その証拠に、お前の横に鈍器を置いている」
畳の上に組み敷かれた唯由が横を見ると、いつの間にか、床の間にあったはずの高そうな花瓶がそこにあった。
「これ以上は勘弁と思ったら、それで俺を殴れ」
「いやいやいやっ。
これで殴って割ったら、あなたが死ぬより早く、さんが怒鳴り込んでくる気がしますよ~っ」
朝、目を覚ました蓮太郎は、
「……悪い夢を見た」
と呟く。
「お前がかぼちゃに手を引かれ、連れ去られる夢を見た」
かぼちゃじゃなくて、かぼちゃの馬車では。
そして、かぼちゃの馬車は好きな人のところに連れていってくれるものなのでは……。
行くのなら、あなたのところでしょう、と唯由は思っていたが、恥ずかしいので言わなかった。
「私はあなたと人狼ゲームをして、斬殺される夢を見ました」
はじめての夜だったのに、ふたりとも、ロクな夢を見なかった。
だが、いつかはそれもいい思い出となるだろう――。
「今からやるか、人狼ゲーム」
「えっ?」
「俺は昨日、ほんとうは、人狼ゲームをやりたかったんだ。
だが、それでは告白するタイミングがつかめない気がして」
……確かに。
ものすごい荒んだ状態で告白されそうだ……と唯由は苦笑いする。
「私が淹れるコーヒーはとても美味しいと、家ではコーヒーは用意されていないからと言われて、朝のコーヒーを喜んで下さいました…これについては?この言い方で妻に言えばどれだけ相手が傷つくか考えませんか?家でコーヒーを飲めないと言った覚えはあります。ですが用意されていないなどと言った覚えはない。しかも妻が悪阻の時の話です。コーヒーの匂いで咽せてしまうからしばらく家では飲まない様にしていた。武藤さんにコーヒーを淹れるように指示した事もないですが?」
「指示…されなくても、毎日飲まれていたらお淹れするのは当然の事です。」
「秘書として?」
「はい。」
「武藤、それなら聞くが、じゃあ、どうして上司の妻へ秘書の対応が出来てないんだ?」
武藤が顔を向けると、怖い顔付きでキツい目付きで睨む倫也がいた。
「こんな事も言ってますね。」
と言うと先程と同じく、用紙を見ながら淡々と倫也はそれを読み上げる。
「 お買い物をされている所に遭遇した事も、そうでしたわ。その時は料理をお作りになるとお聞きして、びっくりしたのを覚えています。奥様がいらして、お夕飯を帰ってからお作りになるなんてと、疲れてお帰りなのに……私なら毎日、作って待っているのにとお伝えしたんです。お困りになられた優しいお顔でありがとう、と……言って下さいました。」…確かに会ったな、これも俺が作る約束を妻としたんだと確かに武藤さんに言った記憶がありますが?それに付いては一言もないな。」
「それは………「こんなのもある!」
武藤の言い分を遮り、倫也は続ける。
「妻が君の出したお茶を飲まず、持参したお茶を飲んだ瞬間、失礼に当たると言い、「高卒で学がないから…仕方ないですね?新藤さんもどうして奥様とご結婚されたのかしら?出会いが遅かったから……仕方ないですね。」と言っている。出会いが遅かった?誰と誰の事だ。」
「新藤さんと私です!出会いが早ければきっとうまく…「君は自分の良い様にしか解釈しないのか?俺は君と先に出会っていても君の様に自分の都合でしか動かない女性など好きにはならない!仕方ない?そんな言葉で俺と妻の結婚を勝手に片付けるな!!」
武藤の言葉を途中で遮り、倫也は大きな声で言い切って肩で息をした。
大きく息を吐くともう一度冷静になれと息を吐き、言葉を続けた。「どれだけ遅くに出逢おうとも、倫子を選ぶ。彼女は真面目で真っ直ぐでもし登録に来たとしても、どんな会社に行っても例え石を磨けと言われても、ずっと…光るまで磨き続ける人だ。そんな人だから、優し過ぎて単純で無鉄砲で真っ直ぐで素直で…倫子の優しさが傷付いた俺を包んでくれたんだ。君が倫子に話した事、話しただけだと言われても許す気にはなれない。」
最初と違い、冷静で落ち着いた声ではあったが、怖い顔、怖い声、低く響くドスの効いた言葉は、武藤を怯えさせるには十分だった。
「そ、そんな…奥様を虐めようとかそんな考えは…私はただ…軽い気持ちで……。」
震えて言い出した武藤を強い目で睨み、目を逸らすと倫也は出逢った頃の倫子を思い出し、呟く様に話す。
「女性は正直…面倒と思ってました。倫子は…俺より面倒臭がりでそのくせ、会いに行くと断れずに放っておけずに、話をしてくれた。疑う事を知らない子供でしたよ。そんな彼女を愛しいと、いつの間にか思う様になって放っておけなくなったのは俺の方です。付き纏って付き合って欲しいと時間をかけて口説き落としたのも俺です。やっと手に入れた俺の妻は倫子だけです。倫子を傷付ける行為は絶対に許さない。」
「……ご、ごめんなさい……申し訳ありませんでした。」
今度は微笑みを向けて倫也が言い切ると、震えながら武藤は床の上に座り込んだ。
「この会話については全部を認めるという事でいいね?」
菅野が聞くと、座り込んだままで武藤は小さく頷く。
「では、この映像を見てもらう。君が秘書室から無言電話を掛けた映像だ。掛けた先の宇佐美楓さんのご主人から無言電話であった事、その際の電話番号が秘書室の番号だった事は確認されています。これも認めますね?」
菅野が机の上のノートパソコン画面をくるりと回して、武藤の方向へ向けた。
当然、他の人間にもその画面が見えた。
「……はい、認めます。」
素直に答えると、俯いたまま武藤は動かなかった。
「では…処遇を言い渡します。うちにこの様な悪戯をする人間はおけない。お試し期間でしたのでうちの社員ではない、登録は解除、二度とうちに出入り禁止、本来はですが……一度のみ、登録社員、まぁ、うちで研修という形で登録部で一から事務として働いてもらいます。」
菅野の声に武藤は信じられないという表情で俯いていた顔を上げる。
宇佐美と倫也は諦めに溜息と共に冷たい目でそれを見ていた。
「すまぬ…寒くはないか」
「大丈夫です」
沖田の地下牢でーー義父の斎藤に声を掛けられ、美和は気丈に微笑んだ。
「火鉢や褥や食事は…許可を頂いたが…
お前を早くivf台灣ここから出してやりたいのに…
殿のお怒りはまだ解けぬようだ…」
美和はまだぺったんこのお腹を愛おしそうに撫でながら、齊藤を見上げる。
「父上…いいのです。
私は『西の方』として寵愛を受けておりましたのに、愚かにも罪を犯しました。
死を命じられないだけでも…この子を産ませてもらえるのかと思えるだけでも…今は、有難いことです」
齊藤は複雑そうな顔で美和を見つめる。
「父上。
龍虎様は、野心家でもありますし…不器用ですが…
お優しいところもあるのです」
「…そうか」
龍虎の暴走ーー城内でも疑問視する家臣が増えている。
が、古い家臣が進言しても、ことごとく排除されるのだ。
齊藤も、源左衛門や小山田とともに、龍虎と沖田の未来を憂える1人だった。
「美和」
齊藤は気持ちを切り替えるように微笑むと、美和をみつめる。
「お前の本当の父ーー先代が、懐妊をとても喜んでおられたそうだ」
「…っ
ありがとうございます…」
「体を大事に、と。
もちろん先代には今の美和の状況は耳に入れておらぬがな」
「…はい」
「先代は家臣に慕われた、争いごとを好まぬ穏やかな方…
お年でもあり、…心配はかけられぬからな」
「…はい」
ぐったりと荒い息を吐く女を、龍虎は冷たく見下ろす。
「…もうよい、下がれ」
「…っ…は…い」
なかなか動けない女が、よろよろと立ち上がる。
そんな姿を見たくなくて、龍虎は背を向けるとため息をつく。
ーーこんな女では、満足できない。
一時の快楽。
自慰行為。
それだけ。
一瞬脳裏に美和との夜が浮かぶ。
愛しいと何度も告げた女。
美和は懐妊した。
間違いなく俺の子をーー
同時に激しい怒りに苛まれる。
なぜ、他の男に…肌を許した…
あの男ーー叉羽…
高島の…!
拳が白くなる程、握りしめる。
高島が憎い。
沖田を配下に置いた高島が憎い。
そう思えば思う程、あの女子ーー信継らに奪い返されたあの子どもみたいな女子の姿が浮かぶ。
日に日にその姿は目にちらつき、消えない。
高島のことを抜きにしても。
手に入れたいと思う。
手に入れた時、あの男ーー叉羽と信継はどんな顔をするだろう。
「ふふふ…」
龍虎の記憶が蘇る。
華奢な女。
この腕から逃れた気の強い女。
美しい女。
龍虎は、詩を思い浮かべ、舌なめずりをする。
「手に入れる…
あの女子のーー啼き顔が見たい」「…芳輝様?」
「…ああ、ごめん」
多賀家の雅な庭で。
遊びに来た二条家の姫、芳輝の許婚である姫がーー不思議そうに芳輝を見上げる。
「…今日の芳輝様は…なんだか上の空ですね」
「いや、すまない、姫」
「いいのです。
…芳輝様、どうぞ、お
とお呼びください」
「…」
芳輝はどこか困ったようにふわりと微笑む。
その瞳にいつもにも増して自分が映っていないことを、香は肌で感じとる。
「…今日は雪が美しいこと」
香は芳輝から目を逸らし、庭に目をやる。
池も、枝ぶりのよい松も、大きな岩もーー
今日は、雪がかかってその美しさを引き立てている。
「…そうだね」
香は芳輝に寄り添い、呟いた。
「もうすぐ年が明けますね」
「…そうだね」
香は真っ直ぐ芳輝を見上げる。
「芳輝様」
「…」
芳輝の瞳が揺れる。
「芳輝様は…私を見ては下さらないのですか」
芳輝はその視線をゆっくり香と合わせた。
「…私も年が明けましたら19になります」
「…」
「父も母も、そろそろ体裁が悪いと…心配しています」
「…」
「…芳輝様。
…芳輝様には、まさか…思い人が出来たのですか…」
「…姫…」
毅然と芳輝を見上げる香の瞳はうるうると潤んでいる。
それでも香はグッと力を入れて涙をこらえていた。
「…」
「今までは…我慢も出来ました。
芳輝様は誰のこともお好きではなかった。
所詮、私達の結婚は、定められたものです…
それでも私はよかった…
幼い頃から、ずっとあなたに…あなたとの婚姻に…憧れていましたから…」
「…っ」
芳輝は苦しそうに立ち尽くす。
「いつかあなたが私のものになるなら…
待たされても我慢できました。
でも…あなたは」
「…」
香は悲しそうに微笑む。
「…。
否定も肯定もーーしてくださらないのですね」
「…」
芳輝はじっと香を見下ろす。
その目には何の感情もない。
「…残酷な方…」
香はそっと手を上げた。
その手は芳輝の胸にーーしかし芳輝はすっとそれをかわす。
「…っ」
「…すまない…私はーー」
芳輝はただ静かに言った。
「…その方は、美しい方なのですか」
香の声が震える。
「私より、きれいでお若くて…美しい…っ方なのですか…」
芳輝は眉根を寄せて香を見下ろす。
「姫…姫はとても美しく魅力的な女性だ」
「…っ」
香は震えながら芳輝を見上げる。
「…なぜ…その方を好きになったのですか…」
芳輝は小さく息を吐いた。
「…自分でもわからない…感情だった。
気になって気になって仕方ない。
大事にしたいのに欲のまま思い通りにひどいこともしたい。
暖かい気持ちになるのになぜか苛々もする。
ずっと閉じ込めてでも見ていたくてーー
その子には幸せになって欲しいのに、
それが自分でない誰かの元でなのは…ひとかけらも我慢ならない」
香は寂しそうに微笑んだ。
その目からは、今にも涙がこぼれそうだった。
「芳輝様…それが恋です…
それが、人を好きになること…」
「…」
芳輝は香を見下ろす。