「寒いからな」
少し頬を染める信継に、詩は微笑んで受け取り、頭を下げた。
「きれいな色…
ありがとうございます」
信継はニコッと笑う。
「ああ。では行こうか」
東の空は紫色になり、試管嬰兒過程 もう夜明けが近い。
「はい」
詩もまたニコッと笑って、信継と共に城門へ向かった。
遠くからそれを見下ろす2つの影があった。
「情報は」
「ご指示通り拡散しました」
「そう」
「…」
それでいいのかーーという言葉を飲み込む一つの影。
もう一つの影は無表情でーー信継と詩を見ていた。
にこにこと微笑みあう、幸せそうな2人を。
「桜」
返事をする前に詩は信継に抱え上げられ真白に乗せられる。
その後でひらりと信継がまたがる。
少し赤くなりながら、詩は真白の首を優しく撫でた。
「よろしくね、真白」
後ろから信継の大きな腕が詩を守るように囲った。
「行ってくる」
「はっ」
頭を下げる馬番たちに微笑んで、信継は城門を出る。
東の空が明るくなっていく。
日の出が近い。
真新しい母衣に身を包み、詩はまっすぐ前を見ていた。「何?それは本当か」
「はっ…龍虎様。
高島信継とあの寵姫が、宇都山の蠟梅を取りに出るとかーーもっぱらの噂です」
「…育次」
沖田龍虎は顔面に斜めに入った傷の手当てを受けながら、育児を睨んだ。
「…某は何も」
育次は無表情で龍虎を見る。
以前詩を攫った元浪人たちーー今は沖田に召し抱えられている男達は龍虎に口々に告げた。
「行商の者どもも言っておりました」
「あの時のあの女子と2人きりで出かけるとか」
「…」
沖田龍虎は丁寧に包帯を巻かれながら一点を見つめる。
「高島信継と、あの女子が…?」
部屋に控えた小山田が諫めるように龍虎を見つめる。
「殿…もはや今の沖田は高島の属国です…」
戦後処理にて、高島信継から提示された面白くない条件を、沖田は飲むしかなかった。
表向き降伏して見せた龍虎は、それでもあきらめてはいなかった。
「そうだな。まあそれは今はよい。
…冬の宇都山は
が起こりやすいとか…」
ぼそりと龍虎がつぶやき、元浪人たちはニヤニヤと笑った。
「自然は恐ろしいですから」
「宇都山には崖もたくさんありますな」
「人一人いなくなったところでなら致し方ありません」
包帯を巻き終えられた龍虎は、ニヤリと笑った。
「…あの女子。どうしても手に入れたい」
「…から救い出し、龍虎様への土産といたしましょう」
「不幸な事故で信継はいなくなり、女が手に入るーーこれこそ一石二鳥ですな」
「ふふふ…そうか。ははは…」
育次は表情の読めない瞳で、その光景を見つめている。
小山田は苦く顔をしかめ、静かに部屋を出て行こうとする。
「小山田」
刺すように呼び止められーー小山田はピタリと止まって、龍虎を向いた。
「は」
「女を連れて来い。誰でもいい」
「はっ…」
小山田は頭を下げる。
龍虎はあれから城仕えの女をとっかえひっかえ抱く。
それは愛のない行為ーーただの性欲処理だ。
「皆、今宵はもうよい。下がれ」
「はっ」
龍虎はたぎる情熱を持て余すように1人、長く息を吐いた。
「あの女。
美しかったな…。
ふ…耳を噛んだ時のあの極上の反応」
龍虎はブルっと身震いする。
ゾクゾクとした快感が、思い出しただけで脳天まで走る。
「殿、お連れしました」
龍虎は廊下からかかる声を聞くと、寝所の襖を開ける。
敷かれた褥。
手をついて頭を下げている女は、小さく震えている。
「…脱げ」
龍虎は冷徹とも思える声で冷たく女を見て指示する。
「…はい…」
女が震える手で帯を緩める。
「ふはは…俺が怖いか」
「いえ…龍虎様…」
女の目から涙が一粒落ちた。
その日の日暮れ。太陽が山に沈むと同時に、気温がどんどん下がっていった。
仕事を終えた信継が詩の”離れ”を訪れる。
「桜」
「はい」
信継が土間から声を掛けると、試管嬰兒流程圖 襖が開き、詩が顔を出す。
湯浴みを終えたばかりらしい詩からは、何かいい匂いが漂ってくる。
その髪はまだ乾いておらず、濡れていた。
信継は思わず直視できず、目を逸らした。
「母上からの依頼の件、だが」
信継は土間に立ったまま、視線を動かしながら詩に言う。
詩は襖を大きく開け、信継を促した。
「火鉢があります…中に入られませんか?」
外は寒い。
無心に自分を見上げる詩に、信継は少し困ったような顔になる。
「…いや……」
不思議そうな詩の顔。
信継は正座した詩の着物の帯、着物越しにも細っこい太腿から膝頭、それから着物の袷をチラチラと見てしまう。
「…信継様?」
「…っ」
まだ濡れている、豊かな黒髪。
柔らかそうな首元の肌。
襖にかかった白い手ーー
信継は目元を染め、視線を逸らした。
「いや、ここでいい」
「…わかりました」
詩は居住まいを正して、信継を見上げる。
「…明日早朝、立つ。
迎えに来るから用意を」
「はい」
「…戸締りはきちんと…しておくように」
「…はい、わかりました。
よろしくお願いします」
詩は畳に手をついてお辞儀をし、ニコッと笑った。
信継は何か言いたげにーーそれでもそのまま出て行った。
「明日の朝ーー」
戸口につっかえ棒を立てて、詩は小さく呟く。
何にせよ、城の外へのお出かけは嬉しい。
信継と一緒に、緋沙のための蠟梅を取りにーー
詩は褥を用意して、小さな行燈の火をフッと吹き消す。
詩は暗闇の中、浮き立つ気持ちとともに、褥に入る。
目を閉じても、頭の中に色々浮かんできて、すぐには寝付けなかった。
しばらくして、目を開けて天井を見る。
暗闇に慣れて来た目に、天井の木目が見えていた。
ーー牙蔵さんも…来るのかな?
詩はここのところずっと牙蔵を見ていない。
信継と出るならきっと、護衛として黒装束集団の誰かは来てくれるのだろう。
今までのことから、詩はそう思った。
ーーそれとも、伊場さんかな?
伊場もほとんど姿こそ見せないものの、時々は話すこともあり、詩はもう心を許していた。
「…」
詩は目をゆっくり閉じる。
ーー明日…
そのまま詩は眠りに引き込まれていった。夜半。
般若の面をつけた忍が詩の顔を覗き込む。
「…」
詩は深く眠りに落ちていて気づかない。
だが、わずかな気配を本能的に感じとる。
「…バカな女」
夢うつつに、何か聞こえた気がした。
瞼が重くて、どうしても目が開かない。
詩はまた、そのまま抗えない眠りに落ちて行く。
それからその忍は、音もなく姿を消したのだった。
まだ陽の昇らない早朝。
手荷物の用意と身支度を済ませた詩は、”離れ”の戸口を開ける。
キンと冷えた朝の空気。
積もった雪は凍り、ひさしからはつららがいくつも垂れている。
「…寒…」
東の空の濃紺が少しずつ淡くなっていく。
寒いけれど、陽の昇る前の早起きは気持ちいい。
まだ暗い城内は、ところどころ焚かれている松明の火だけが明るい。
年が明けるまであと3日となった高島城は、すでに準備も整い、あとはもう正月を迎えるばかりになっている。
ザッザッと玉砂利が鳴り、元気よく信継が歩いてきた。
薄暗い中とはいえ、信継は立派な容姿で存在感も大きく、遠目にもとても目立つ。
端はしに控える護衛たちが次々に頭を下げ、信継もまた快活な挨拶で労っている。
「…桜!おはよう」
「信継様…おはようございます」
詩が信継を向いて頭を下げると、信継は自信に満ちた目で、ニコッと笑った。
「早いな」
「いえ…あの」
「なんだ」
「私も袴を履いた方がいいのかと…迷っておりました」
信継はからりと笑う。
「そのままでいい。一緒に俺の真白に乗って行こう」
「はい、わかりました」
「桜。これ」
信継が嬉しそうに差し出したのは新品の薄紅色の
「ふん、立派そうな事言ったって、騙されたりなんかするもんかあ。アルハインドと戦った時はお前だって非道な事したじゃないかあ。しかも、味方に対してえ。」ハンベエがじっとモルフィネスの言い分を聞いているので黙っていたが、モルフィネスの話が一仕切りついたみると、我慢しきれなくなったロキが言った。痛い所を突いている。だが、モルフィネスは少しもたじろぐ事無く、秀麗な面をロキに向け、「アルハインドとの戦いで私が取った策については私にも言い分はある。私も好き好んで、あのような策を立てたわけではない。当時、敵は騎兵5万、我が方は歩兵1万6千、圧倒的不利な立場に有った。その状況で私はタゴロロームを守る策を立てなければならなかった。しかも、私の立てた策は民を救う為の窮余の一策、力に任せ暴虐を欲しいままにしたステルポイジャン達の戦振りと同一視されては甚だ不愉快だ。」と言った。モルフィネスの堂々とした態度にロキの方が少したじろいだ様子で、悔しそうに唇を曲げた。. 「出来れば解ってもらいたいのは、当時私の職責は参謀であった事だ。」モルフィネスは視線をハンベエに戻し、話を続けた。「与えprofit tax return hong kongられた条件の中で、希望的観測を排し、冷酷非情に勝利の計算をして、可能性を示す。それが参謀の仕事である。私の策は幸か不幸か、バンケルク閣下に受け入れられ、採用された。冷酷な策を立てたとしても、それを採用するかしないかは主将次第だ。」「自分の責任を転嫁するつもりなんだあ。」又しても、ロキが喰って掛かった。「私は自分の責任を誤魔化すつもりはない。役割の話をしただけだ。私が非道な策を立てようと、今回はハンベエが採用するか否か決めればいいだけではないか。参謀とは策を立て、その利害を説明し、後は指揮官の判断に委ねるのがその職責である。基本的には実施の責任は指揮官に負ってもらわねばならない。そうでなければ参謀と云う職責は果たせない。」終始一貫、氷のように感情の籠らない口調で話すモルフィネス。ロキは更に何か言おうとしたが、ハンベエがさり気なく左の手の平をロキに向けたので、口を閉じた。「ステルポイジャンと遺恨が有って、奴等と戦おうと云うのは分かった。だが、それなら何故ゴルゾーラの所へ行かない?」「そちらには、何せ宰相のラシャレーという大策士が居て、私の出番など無さそうなのでな。それに、兵術の理想は『柔能ク剛ヲ制シ、弱能ク強ニ勝ツ』事に有る。されば、最弱勢力に身を投じて腕を振るってみたくなったのだ。」「どうやらまあ、ステルポイジャン側の回し者じゃあなさそうだな。が、お前を吊し首にするか、斬首して晒すか、車裂きにするか・・・それとも、万に一つ仲間に受け入れるかするとしても、この件は王女の意向を聞かねばなるまい。協議するから、別室で待ってもらおうか。」ハンベエは努めて穏やかに喋っているようだ。だが、この男の口から王女の意向等と云う言葉が出ようとは・・・雨でも降らねば良いが。と云っても、既にゴロデアリア王国には嵐が吹き荒れているのだった。「待とう。逃げも隠れもしない。」モルフィネスはそう言うと、言うべき事は言い尽くしたと云う風に立ち上がった。「二人はこの部屋で待っていてくれ。俺はモルフィネスを別室に案内して、ついでに王女を呼んで来る。」とハンベエが言って立ち上がったので、ロキもドルバスも少し驚いた様子だ。わざわざハンベエ自身が案内しなくても、それこそイシキンにでも命ずるべき事だからだ。ハンベエの静かな対応にそれで無くとも不審を抱いている様子のロキの厳しい視線を敢えて無視して、ハンベエはモルフィネスを部屋の外に誘った。
とハンベエは先ほどの剣幕は何処へやら、声を和らげてロキを褒めた。「さて、どうするんだい。」とイザベラが寝台から立ち上がってハンベエの方に歩いて来た。エレナもその後ろに続く。「あの、私、父に毒を盛ったりはしていません。」エレナが弁解した。国王の死を聞いて虚ろな様子だ。「分かっている。此処にいる全員な。」ハンベエは静かに言った。エレナに向けた眼差しが妙に物優しげである。それを見たイザベラやロキは複雑な表情になった。一体ハンベエは薄情なのか優しいのか判断に迷うとでも言いたげな顔である。「で、どうするんだい。」イザベラがハンベエに尋ねた。エレナを優しく慰めていた時とは打って変わり、目が野獣のような光を帯びて鋭くなっている。スイッチが入ったと言うやつだろう。戦闘モードに切り替わったようだ。「遂に内乱の幕が開けたよ植髮うだから、王女はタゴロローム守備軍で保護するしかないようだな。」ハンベエは言った。苦い顔になっている。バンケルクを討ち滅ぼした自分が、そのやろうとした事を盗み取ったように思えたのである。「あの私、ハンベエさんなんかに助けて欲しくありません。」エレナが口を尖らせた。ハンベエは一瞬、戸惑うような表情でエレナを見つめたが、直ぐに妙に砕けた顔付きになって、「そうかい。だが、俺は王女を助けたい。」と言った。その様子は緊張したところも変に気張ったところも少しも無く、又皮肉めいた処もない、イヤに砕けた自然な調子だった。何と言ったらいいのか、強いてハンベエのこの時の言葉付きを説明すれば、例えば『裏の山を散歩していたら、タケノコを見つけたので取って来たよ。』と家人に告げる親父のような、そんな肩に力の入らない、自然な調子であった。「な、何を・・・私の許婚であるバンケルク将軍を殺しておいて、良くそんな勝手な事を・・・。」ハンベエの雰囲気にエレナは目を白黒させながら噛み付いた。「落ち着きな、エレナ。」イザベラがエレナの肩を強く掴んだ。そして、王女の目を強い眼差しで見つめて言った。「ここで、王宮警備隊の連中に捕まったら、父親殺しの濡れ衣を着せられて消されるだけの事だ。今はこの窮地を如何に脱出するか、それが全部だよ。」それから、ハンベエの方に顎をやり、「この憎たらしい男には、生き延びた後に悪態つくなり、命を狙うなりしたらいいさ。今は、逃げるしかないんだ。」と続けた。「そうだよ、王女様。今はとにかく、逃げる事だけ考えようよ。」ロキがイザベラに調子を合わせて言った。「イザベラさん、ロキさん。」エレナは二人を潤んだ瞳で見つめ、それから、『分かった』というように頷いた。 付け加えておくが、これらの会話は囁くような小さな声で交わされているのである。王宮警備隊の兵士達が血眼になってエレナを捜し回っているのに、王女の存在がバレるような話を大きな声でするほど彼等も能天気ではない。「で、どうするんだい、ハンベエ。」イザベラ、さっきからこればっかりである。壊れたレコードじゃあるまいが。ハンベエは、腕を組んで仏頂面を曝している。まさか戻った早々、王女の仕業に仕立てて国王を毒殺するなどという大陰謀が勃発するなどとは髪の毛ほども予想していなかった。全く、闇夜に田んぼの畦道を滑り落ちたようなもので、泥田の中で焦るばかりで良い知恵も中々浮かぶものでは無かった。幾つかの案を頭に描いては消すという作業を、目まぐるしい速さでハンベエは行っていた。イザベラにエレナに変装させ、囮にしてボルマンスク方向へ行かせ、敵の目をそちらに向かせる事も考えた。だが、その案は直ぐに捨てられた。その案では、エレナが一人でタゴロロームに向かう事になる。今のエレナを一人になどできなかった。ちなみにこの時ハンベエは、自分の手でエレナを送って行くという事は全く考えていなかった。エレナを自分に同行させては反って彼女の身に危険が及ぶと考えたのである。第一、目立ち過ぎるハンベエは反って敵の監視の的になるであろう。
そして又、ゴンザロはゴンザロの算段で事に臨んだのだ、その死を悼む事は許されても、独りよがりに己を責め、イタズラに悲嘆する事はむしろゴンザロに対する冒涜であると考える事とした。ゴンザロの死ぬ直前のセリフまではハンベエには届かなかった。脱走兵達もそこまで込み入った事情は知らないのである。だが、元々の第5連隊兵士達はゴンザロの死を憐れみはしなかった。きっと、納得付くの死であったに違いないと信じたのである。そして、次々に飛び込んで来る脱走兵達を見ながら、(ゴンザロがやってのけたのだ。)とその功績を胸中で讃えた。「ハンベエさん、王女様が、エレナ姫が会いたいとやって来ています。ロキも一緒です。」パーレルが息急き切って走り込んで来た。ハンベエはこの時、ハナハナ山の中腹に設置した天幕の中で休息を取っていた。パーレルの報告にハンベエは、無愛想な面をぶら下げて天幕から出た。見ると、既に天幕の前にエレナ、ロキ、Yaz避孕藥イザベラ、おまけでスパルスが勢揃いしていた。流石にモルフィネス一派は此処には来ていない。きっと何処かで別れたのだろう。「ロキ、無事だったか。」ロキの姿を見つけ、ハンベエは表情を緩めて言った。「当ったり前だよお。見事大役を果たして、宰相の人柄を見極めてきたよお。」ロキは胸を反らせて大威張りに言った。ハンベエは次にエレナとイザベラを代わる代わるに見た。まさか、エレナとイザベラが相携えて訪問して来ようとは、ちょっとばかし心臓の鈍くできているこの男も大いに驚いている。イザベラについては、ロキの身の上を頼んでいたので、ハナハナ山にやって来た事は驚かないが、エレナとイザベラが揃ってやって来るとは想像の枠をはみ出していた。「イザベラ、約束通りロキを守ってくれたようだな。改めて、礼を言う。」ハンベエにそう言われたイザベラは、何処か曖昧な悪戯っぽい笑みを浮かべて黙っていた。「さて、王女、命を狙ったイザベラと仲良く訪問とは、恐れ入ったが・・・一体何しに来たのかな。」ハンベエは露骨に怪訝そうな表情を浮かべて、エレナに言った。「あら、ハンベエさん。随分迷惑そうなお顔ですが、来て悪かったかしら。」「いや、歓迎する。色々と話も有るだろうから、とりあえず、天幕の中へ。狭苦しいが、我慢していただこう。」皮肉めいたエレナな言葉に動ずる事も無く、ハンベエは三人を天幕の中に誘った。この男の面と胸の肉は規格外の厚みを持っているようだ。四人は天幕の中に入り、スパルスは外に残された。おまけだから仕方ない。天幕の中で、ハンベエは、エレナとロキのゲッソリナ脱出、タゴロローム訪問、軟禁、脱出、逃避行の顛末を聞いた。専ら説明したのはロキであった。「驚く事ばかりだ。モルフィネスがね。奴を殺し損ねて大いに悔やんだが、殺すばかりが能じゃ無かったわけだ。しかし、バンケルクは何故王女を軟禁したのかな。」ロキの説明の中では、バンケルクとエレナのやり取りは抜け落ちていた。つまり、モルフィネスがバンケルクを見限る事になったバンケルクのエレナに対する恋情の部分はハンベエに伝わらなかったのである。「それは、私と将軍の間で少し諍いがあったものですから。」「諍い?・・・まあ、聞かぬ事にして置こう。だが、王女を軟禁するとはバンケルクも大間抜けな真似をしたものだ。墓穴を掘るとはこの事だな。」ハンベエは吐き捨てるように言った。「墓穴を掘る?」ハンベエの辛辣な言葉にエレナは驚いたように眼を見開いた。打って変わって不安の色を顕にしている。「今、タゴロロームからひっきりなしに兵士達がこちら側に寝返って来ている。もうちょっと増えたら、逆に奴を叩き潰してやれるというものだ。モルフィネスもいない事だし、随分とこっちに有利になった。」エレナの胸中を知ってか知らずか、ハンベエは冷ややかに言った。叩き潰す、というハンベエの穏やかならぬ言葉を聞き、エレナの顔が一瞬にして蒼白になった。